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遠野妖物語

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『遠野物語』の一つ一つを妖が語る物語に置き換えうたってみることに挑戦中です。妖怪好きな私の勝手な妄想オマージュです。
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記事一覧

遠野妖物語15

「オクナイサマがおらぬ」
「またあの方の悪い癖が始まったか。どこまでヒト贔屓なのか」
「まあそう憤るでない。あの方のおかげで儂等も旨い酒にありつけるのだから」
「何度も裏切られているというのに」
「でもあの方はきっとこう仰る。それでも愛おしいのだからしょうがない、とね」

原文:柳田国男『遠野物語』十五 http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/5250

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遠野妖物語14

ヒトが畏れを抱くとき、その対象を神と崇め不安を祈りにすり替える。真に神でなかろうと関係ない。そのようなヒトを我は愛してやまぬ。五感を持ちながらもそのほとんどを眠らせたまま、ちまちまと生きる。そんな彼らと戯れるのも一興。その小さな部屋で愛していると囁いてやるのだ。

原文:柳田国男『遠野物語』十四 http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49

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遠野妖物語13

かしんかしん。それは神経が一本一本と身体から伸びゆきて山の気と結び合う刹那、乙爺の中で響いた調べだった。繋がるごとに清冽な流れに洗われ、不日その一部となっていた。乙爺は今も峠に開いた小屋で赤い半纏を着て甘酒を売り、夜となれば山人と盃を重ね心ゆくまで踊っている。

原文:柳田国男『遠野物語』十三 http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_496

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遠野妖物語12

乙爺は山道を彷徨っていた。「乙爺よ、ついに死んだか」「そりゃめでたい」「宴じゃ」「酒じゃ」乙爺を囲んだのは、かつて出会った山のもの達だった。満杯の盃に萎びた唇を当てると俄にその身体は若返った。昔を語り歌い踊った。三晩続いた宴の後、乙爺は彼らの一人となっていた。

原文:柳田国男『遠野物語』十二 http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_496

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遠野妖物語11

やがて大谷地の主の元へ、小さな焰が一つ流れ着いた。彼岸の門口を訪れるは、当然ながら生から逃れた魂である。みればあの笛の男の面影があった。殺された妹なのだろう。主は問うた。「なぜ呪わぬのか」「我が子は愛おしいもの」なるほど、狂った息子の母もやはり壊れていたのだ。

原文:柳田国男『遠野物語』十一 http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_496

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『遠野妖物語』のご説明

『遠野物語』の一つ一つを妖(あやかし)が語る物語に置き換えうたってみることに挑戦中です。『遠野物語』を発端にしておりますが、これは妖怪好きな私の勝手な妄想オマージュであり、民俗学的要素は零であると注意書きしておきます。 

遠野妖物語1

美しく甘き湖水は 畏れを知らぬ有機体の 荒々しい行進に濁り ついにそれも 飲み干されたのです けれど我々は 曖昧な境界の淵で ただじっと呼気を抑え ゆっくりと狂い破綻する 儚き有機体の結末を 望見するだけでよいのです

原文:柳田国男『遠野物語』一(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.html

遠野妖物語2

その夜、母は そっとわたくしを揺り起こしました。 流れる黒髪は銀河の如く それは美しい殿方が わたくしの手を取りました。 蓮花を受けた姉も、 それを盗んだ妹も、 彼の星を含んだ瞳に 弾かれたのです。

原文:柳田国男『遠野物語』二(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.html

遠野妖物語3

断ち切られた妻の黒糸を 清冽な流れに晒し 我が魂を削って 繋げてみれど 息を吹き返した妻は ただ狂ったように 山を駆け周り 断末魔にのたうち 朽ち果てた 見るがいい 醜悪にまみれたヒトの 百年先に遺すは ただ死に絶えた山ばかりなのだ

原文:柳田国男『遠野物語』三(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.html

遠野妖物語4

あの方が残した 着物に袖を通し 泣き暮らした 十月十日 産み落としてみれば それは人の子にあらず あの美しいお方は やはり 人ではなかったのです 松明を掲げる村人から 逃げ惑い けれど不思議と疲れることはなく そして気づいたのです 本当はもう わたくしは

原文:柳田国男『遠野物語』四(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.h

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遠野妖物語5

「翡翠さま、今年も花をつけましたよ」
「ああ、見事だ。夜空よ、あの子はもう来ないのだろうか。我らに名をくれたあの黒髪の」
「あのときの小さな芽が大樹となるほどに時は過ぎたのですから、もう」
「変わらぬものは我らだけ」
「見送りましょう、山神の務めのままに。すべての花が落ちるまで」

原文:柳田国男『遠野物語』五(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/

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遠野妖物語6

村人が逃げ出してすぐ、日は尽きた。濡れた闇にとぷんと呑み込まれ、嗚呼と喘ぐ。髪の先まで滾る神気に身を震わせ、仰いだ空に月は無し。なるほど、かつて愛した男の肉を食むのに相応しい夜かもしれぬ。森の僕どもの歓声が男の最期を飲み乾すまで、寸刻追懐するも悪くはなかろう。

原文:柳田国男『遠野物語』六(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_4966

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遠野妖物語7

最初の子は目が黒かった。だから喰った。次の子も目が黒かった。だから千切って捨てた。「何が足りぬ」「美酒じゃろう」「絹じゃろう」友の助言のままに極上の酒と最上の絹を女に与えた。けれど子の目は黒かった。「何が足りぬ」「愛にございます」それは里にあると女は言った。愛を取りに山を下りた女は二度と戻らなかった。

原文:柳田国男『遠野物語』七(http://www.aozora.gr.jp/cards/00

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遠野妖物語8

山に戻った女は手首に巻いた細い糸の端を引いた。髪は艶やかな緑の黒髪へ、染みと皺は消え、手足はすらりと伸び、肌は瑞々しく張る。女の刻は砂一粒も落ちておらず。あの日ともにゆくことを拒んだ妹は、その死の床で涙した。永遠に美しいままの姉だけがその意味を知っていた。

原文:柳田国男『遠野物語』八(http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.

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