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【大阪 難波・自由軒】ほぼ!完全再現レシピ

明治43年に創業した、大阪初の西洋料理店「自由軒」。
ここの創業当時から人気を博しているメニューが「名物カレー」です。
別名「混ぜカレー」とも呼ばれる一皿は、115年を経た今も「大阪カレー」の代名詞であり、我々大阪のカレー民のみならず、世界各地のカレーファンをも惹きつけてやみません。
ここでは、そんな「自由軒」の名物カレーを、ほぼ完全に再現しようという試みを載せています。

※自由軒本店で使われている材料や調理手順を完全に解き明かしたものではありません。レトルト製品の成分表や時代背景などに基づいて慎重に考察しているつもりですが、セントラルキッチンでは使っていない材料を使ってるかもしれないし、その逆もあり得ます。あくまで、「出来上がるまでのプロセスの一致」ではなく、目を瞑って食べたらどちらが本物かわからない、「出来上がったカレーの化学的成分の一致(ジェネリック)」を目指してます。

大阪・難波「自由軒」の名物カレーとは?

明治43年創業、自由軒

大衆洋食を謳っている自由軒ですが、暖簾の上にでかでかと掲げられているとおり、その看板メニューは「名物カレー」です。カレーがご飯にしっかりと混ぜ込まれた状態で提供され、さらに真ん中に落とされた生玉子を自分でよく混ぜ合わせ、特製ウスターソースを少しずつかけながら頂きます。

看板メニュー「名物カレー」(別名混ぜカレー)

自由軒は洋食店なので、海老フライ、ハンバーグ、ハムカツ、トンカツ、ビフカツ、サーロインなども置いてはいますが、基本的にお客はみんな名物カレーを食べてる印象です。私も相当通ってますが、名物カレー以外のメニューを頼んでる人は感覚的には1,2割くらいでしょうか。やっぱり皆さんのお目当ては名物カレーのようです。

名物カレーを筆頭に、メニューは非常に豊富

「カレーを混ぜる行為」への個人的な抵抗感

さて、私が初めて自由軒で名物カレーを食べたのは、30年ほど前。
当時中学生だった私は、友人に誘われて自由軒を訪れ、みんなと一緒に名物カレーを注文することになったのですが、出てきたカレーに衝撃を受けました。
私は下流ながらも食についての作法だけは割と厳格な家庭に育ち、おかげさまで今でも秋刀魚などは頭と背骨と尾鰭だけを残した美しい姿で食べ終えることができるのですが、わさびを醤油に溶いたり、米に汁物を混ぜて食べるということを避けるよう厳しく言われていたものですから、自らの手によるものではないとは言え、米とカレーが混ぜられた状態で出てきたのを見て狼狽しました。
友人の手前、なんとか完食しましたが、禁忌を破ってしまった罪悪感からか、そのときの味の記憶は殆どありません。

「タモリカレー」によるパラダイムシフト

そんな私の「カレーを混ぜてから食べる」という行為への心理的なハードルが下がったのは、今から10年ほど前に「タモリカレー」を作ってみたのがきっかけかもしれません。
これは糸井重里氏主宰の「ほぼ日カレー部」のイベントで振る舞われていたもので、芸能界随一の食通であるタモリ氏が考案、「家カレーの最高峰」として紹介されていたカレーです。このイベントに参加できなかった私は、後日公開されたタモリカレーのレシピに従って自宅で作ってみたのですが、レシピの最後に「ぐちゃぐちゃにかきまぜてお召し上がりください」と書かれてあって、「カレーのぐちゃまぜ禁止」家庭に育った私は、この時すでに自分の家庭を持つ中年親父ではあったものの、一瞬怯みました。

家カレーの最高峰、「タモリカレー」のレシピ

でも、ここまで厳密にレシピ通り作ったんだから最後までタモさんの言う通りにしよう、と意を決してポテトも一緒にぐっちゃぐちゃに混ぜて食べたら思いの外めちゃくちゃ美味しくて、そこで初めて「混ぜてから食べるカレーもありやな」と気づきました。

あと、タモリカレー誕生のインスピレーションにもなったであろう、東京・銀座「ナイルレストラン」のムルギーランチも、「ぐちゃぐちゃに混ぜて食べてね」って言われますよね。公式サイトでは混ぜ方の動画まで載せられてるくらい混ぜ混ぜ推奨です。これも今では大好きなカレーです。

10年ほど前にいただいた、銀座・ナイルレストランの「ムルギーランチ」

さらには、スリランカのカレープレートやネパールのダルバートが楽しめるお店なんかもよく通うようになり、自然と「カレーを混ぜてから食べる」ことへの抵抗感は薄れ、自由軒の名物カレーを食する機会も増えていき、その魅力にどっぷりとハマっていくことになります。

明治時代の洋食屋のカレーって?

では、この自由軒の「名物カレー」再現の方針はどうしましょう。
これまで私がお店カレーの再現にチャレンジするときは、いつも信頼できる料理人の方が記した由緒正しいインド料理の伝統的なレシピを元に方向性を考えていたのですが、自由軒の公式サイトでは、「当時人気メニューだったカレーライスを、炊飯器といった設備がない状況下ながら、”お客様に熱々のカレーを食べていただきたい”という想いから、ご飯とカレーを混ぜた”名物カレー”を考案」と書かれています。

自由軒・名物カレーの誕生秘話

つまり、インド料理の伝統的なレシピでは駄目そうです。
というのも、インドの正統なレシピによるカレーが日本で食べられるようになるのは、自由軒の創業から約40年後、日本初のインド料理店「ナイルレストラン」(上述)が開業する1949年まで待たなくてはなりません。

自由軒が創業した当時に人気だったカレーライスは、おそらくインド伝統のものではなく、インドを植民地に持つイギリスを経由して日本に入ってきた、カレー粉と小麦粉を混ぜ合わせたルウを使う「ブリティッシュカレー」がベースになっていただろうと考えられます。炊飯器がない環境でお客に熱々のカレーライスを振る舞うために、この文明開化そのもののカレーを冷飯と混ぜてフライパンでぐつぐつと煮詰めてから提供していたのでしょう。
では、この「明治末期の洋食店」で食べられていたカレーを再現するためには、どんなレシピを拠り所とするべきでしょうか。

「バンザイ軒のライスカレエ」

明治時代に日本の洋食屋で提供されていたカレーのレシピをいろいろ調べたのですが、国立国会図書館の第129回常設展示で公開されていた、「西洋料理指南」に載っている日本初のカレーレシピでは、赤蛙や長ネギ(玉ねぎでなく)が使われていたりと、我々が思い描いているカレーから相当遠いものになっていました。困った。

国立国会図書館 第129回常設展示「暮らしを変えた新製品」より

そんな時にふと思い出したのが「天皇の料理番」です。
これは佐藤健主演バージョンが2015年にTBSで放送されてて、当時はカブリつきで観ていた大好きなドラマです。このドラマは明治末期以降の日本(一部海外もあり)を舞台に、一人の青年がいろいろな洋食店での壮絶な修練を経て一流の料理人になるまでの奮闘を描いているものですが、その中で登場する料理のレシピが番組の公式サイトで紹介されていたんです。
その中にカレーってなかったっけ、、、と探してみると、「バンザイ軒のライスカレエ」を見つけました。

「天皇の料理番」公式HPより

具材も近そうだし、公式サイトにある「明治~大正時代の時代背景を考慮した、昔なつかしく、ときどき本格的なお料理のレシピを、料理監修を務めている料理研究家の脇雅世さんが詳しく教えてくださいます」というのは何よりの正統性の証になります。
ありがたく参考にさせていただくことにし、

  1. 肉、野菜の順に炒める

  2. 調味料で味を付ける

  3. 水とルウを投入する

  4. 煮詰める(そしてご飯に混ぜる)

これを基本的な調理手順としたいと思います。

“the heartbeat of a curry recipe”

ただ、バンザイ軒では単にカレー粉と小麦粉を合わせて水で溶いてから加えてるようですが、今回はいわゆる市販のカレールウと同じく、油脂でスパイスと小麦粉を炒め合わせてから水で溶きました。これはインデアンカレーの再現でも紹介した、渡辺玲先生のビーフカレーのレシピで使われている手法です。バンザイ軒のレシピページでも「当時、軍隊では小麦粉とカレーを炒めてルーを作っていたけれど、一般的には小麦粉 とカレー粉を水で溶きのばしたものを煮汁に加えていました。」との記載がありますね。

なぜ先に炒めることにしたのかというと、「スパイスは油と一緒に炒めることで最大限に香りが増すため、水や、野菜などの素材から出る水分と混ぜ合わせるのはその後のステップで行うのがカレーレシピの金科玉条である(the heartbeat of a curry recipe)」という絶対的なルールがあるからです。これはcamellia panjabi氏の名著「50 great curries of india」から学びました。

50 great curries of india(必読!)

洋書ですが、和書ではあまり見かけない貴重なカレーレシピだけでなく、カレーを作るうえで知っておきたい大切なことが山程出てきますので、カレー好きのすべての人におすすめしたいです。超円高のときに買っといてよかった。

レトルト成分表からの「過剰考察」

今回の再現チャレンジでもう一つありがたいのが、名物カレーってレトルト製品が販売されてるんですよね。なので材料についてはほぼ白日のもとにさらされているわけです。成分表からは各材料の正確な分量はわかりませんが、ご承知の通り、成分表では含有量の多い材料から順に記載されているので、そこから推測することは可能です。

自由軒・名物カレー レトルト製品の成分表

「バンザイ軒のライスカレエ」で使われているけどレトルトの成分表に載ってないじゃがいも、酒、生姜は、当然ですが今回は使いません。逆に成分表に載ってる材料は全て使うようにしました。
成分表で最初に来るのが「野菜」で、玉ねぎと人参が使われているようです。お店で食べるとわかりますが、玉ねぎは比較的大きめの粗みじん切りで、透明ながらシャキシャキの歯ごたえも残っているので、炒め時間・煮込み時間ともに長くはなさそうです。となると、視認できない人参は、煮込まれて溶け込んだのではなく、もともと量は玉ねぎより少なく、形状も細かくしてあるものと推察されます。お店でいつも食べてる感覚では、おそらく牛肉(成分表では2番目に記載)とほぼ同量の玉ねぎと、その半分よりもさらに少なめの人参が(おそらくすりおろされて)入っていそうです。
その他の調味料は、バンザイ軒のレシピに出てくる醤油の分量を念頭に、成分表の順番を考慮して細かく決めていきました。ウスターは名物カレーの味の決め手となる旨味の塊で、成分表でも牛肉の次に多いので少し思い切った量を使いました。チキンエキスと食塩は、その両方を含む鳥ガラスープの素を使いましたが、デキストリンなどでかさ増しされてないできるだけ自然由来な製品を選んでみました。あと、普通に作るとバンザイ軒のように少し黄色っぽい(新潟バスセンター的な)色になるので、成分表の通り、香辛料の種類と分量を工夫しつつ、カラメルも使って色を合わせていきます。これによってコクも増します。

などなど、このように論理的に一つ一つ調味料や香辛料の種類ごとに分量を決めていき、あとは実際に作って食べてお店にも足を運んで答え合わせをする、その繰り返しでレシピを組み立てました。最終的な材料と分量と手順は追って記載しています。

「皿」の再現(番外編)

ところで、再現レシピって、味はもちろん、提供時の「見た目の似てさ」も非常に重要だと思ってますので、基本的にお皿も形状や見た目を近づけるように努めています。
自由軒については、お店と同じサイズ・形状の皿をAmazonで購入し、陶器への焼き付けに使う「らくやきマーカー」を使ってちまちま手描きしました。以前に投稿したインデアンカレーの皿も同じ方法で再現したのですが、インデアンはロゴも顔のマークも縁取りは黒なので、鉛筆で下書きのトレーシングが出来ました。でも自由軒の場合は鉛筆でやっちゃうとマーカーの赤色と混ざって濁るので赤鉛筆でトレーシングしたのですが、皿への色乗りが悪くて大変でした。コツは、紙に強く塗りつけるのではなく、あくまでうっすらと何層にも重ねるように塗ると割とうまくいきました。それでも鉛筆よりは全然色乗りが悪いですが、、、

赤鉛筆をぬりたくったロゴシートを固定
ロゴシートの上から爪楊枝の太い方でひたすら擦るとこうなる
陶器焼付用のマーカーで清書するとこんな感じ(これをオーブンで焼く)

レシピの本筋からは外れるのでこのくらいにしておきますが、見た目が似てるとテンションも上がりますので、お皿の再現でご質問等あればぜひ別途ご連絡ください。

いよいよ、ほぼ!完全再現

以上を踏まえて、自宅で作ってみたのがこれです。

難波・自由軒「名物カレー」ほぼ!完全再現

初めて自由軒で名物カレーをいただいた30年ほど前の記憶は、上述の通り苦い思い出ではありましたが、10年くらい前からは足繁く通い(家からチャリで10分)、なんとか自宅でも再現してみたいと思い、見た目はもちろん、最初は玉子のまろやかさを感じつつもだんだんとスパイシーさが舌に溜まってきて、ウスターで味をブーストしながら気づけば一気に食べ終わってる感じも含めて、ほぼ完全に再現できているのではないか、と思っています。

ネットでは割と多くの方が自由軒の名物カレーの再現にチャレンジされていて、私も見かけるたびに試してみましたが、市販の固形ルーを使っていたり、玉ねぎが細かすぎたり、なぜか豚のひき肉を使っていたりと、一つの料理として美味しくはあるのですが、「自由軒の名物カレーを再現しているか」と言われると「、、、?」というものが多く、今回の再現レシピはそれらと比べても一線を画しているのではないか、と自負しております。

ここまでの内容を見ていただければ、再現までのトライ・アンド・エラーを最短距離で行えるよう情報提供させていただいているつもりですが、とにかく今すぐほぼ完全再現された名物カレーを食べたい、という方に向けて、ここから先はより具体的にレシピの詳細や調理器具の情報などを掲載しています。
もしご興味があれば、ぜひご参照ください。

※ちなみに、大阪「インデアンカレー」、大阪・北浜「カシミール」の再現レシピも投稿しています。もしご興味があれば、こちらからどうぞ。

★ほぼ完全!「自由軒・名物カレー」再現レシピ

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