福祉におけるアートキュレーションの実践
2月の日記
あっというまに2月が終わってしまう。2月は、個人の仕事でさまざまなかたちで子どもや地域の政策に関わる仕事をした。
フードパントリー×アート
清宮陵一さんのお仕事
一つは、参加型音楽アートフェスティバル「隅田川怒涛」ディレクターの清宮陵一さんにお誘いいただいた対談だ。清宮さんのモデレートにより、YCAMのミュージアムエデュケーター会田大也さんと対談した。
清宮さんは坂本龍一、大友良英、和田永、コムアイ(水曜日のカンパネラ)といったアーティストとのさまざまなプロジェクトを手掛けるプロデューサーだ。和田永を中心とし、古くなった家電をリメイクして楽器を作り出す「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」は彼の代表的な仕事だ。
そんな彼が、ライフワークとして「ほくさい音楽博」という子どもとの音楽フェスを年一回開催している。ぼくもシンポジウムのモデレーターを務めたり、レポートを書いたりしたことがある。
アートNPOがフードパントリーを始めること
清宮さんたちのNPO「Topping East」は、コロナ禍でもインドネシアの民族楽器「ガムラン」のワークショップや、スティールパンバンドの演奏会を行うなど、制限された中で子どもとのプロジェクトを果敢に展開していた。
このなかで、子どもたちがこのワークショップに参加できなくなる状況が生み出されており、その背景には、貧困、不登校、保護者との関係など、あらゆる複雑な課題が混在していることに気づいたそうだ。そのような気づきから、純粋なワークショップを行うだけでなく、フードパントリーを始めてみようと考えたという。ウェブサイトには以下のように書かれている。
フードパントリーとは、企業や農家、家庭から寄付される食材・食料を無料配布する活動である。ひとり親家庭や生活困窮者、職を失った外国人労働者などが想定されている。低額で食事を提供する「子ども食堂」と並んで、地域社会におけるケア活動として注目を集めている。
アートを誤配する実践
清宮さんたちの活動は、ここに一捻り加えている。「DJが素敵な音楽を。アートワークセラピストとお絵描きもできます」とさりげなく書いているが、これは非常に興味深い取り組みだ。
ただ食べ物を取りに行くだけでなく、そこでアートに触れる機会を生み出している。子どもと一緒に食べ物を取りに行くひとり親家庭もいるだろう。そのなかで、音楽に触れ、少し踊り、絵を描き、話をする。そうした余白での経験が、子どもにとって、あるいは親にとって、どれだけのケアになるだろうか。それは食糧を受け取るだけでは受け取れない、精神的な充足をもたらすだろうと感じる。
アートワークショップの広報・人集めはいつも難儀する。よほど人気のアーティストやコンテンツでない限り、なかなか人が集まらない。その理由はさまざまにあるが、習慣化されていない、誰が開催しているかわからない、目的が不明確、自分には難しいのではないかと思ってしまうなどなど。
しかし、この取り組みは、フードパントリーという人が集まる場に併せて、アートを配置している。食べ物をとりに来たら、いい感じの音楽が流れている。筆や絵具が用意されていて、すぐさま描くこともできそうだ。そのような物理的な状況が目の前にあると、ちょっと踊ったり、筆を手に取ったりすることの心理的なハードルが一気に下がる。
アートのワークショップにわざわざ申し込まないであろう、食料を受け取りに来た人に、併せてアートを誤配する。アートエデュケーションの実践として、小さく、非常にクリティカルな実践だと感じている。
福祉施設における「カルチャー・キュレーション」
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