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スーパーカブ

普通車の運転免許を取ったのは、大学1年の秋だった。これで全国どこでも、公共交通の通じていないところにでも行けるようになると思った。夜な夜な車を借りては、あちこちの幹線道路や首都高速道路を走りまくった。車そのものは好きではなかったけれど、移動するのは大好きだし、法規に従うというゲーム性も手伝って、毎回200km単位でオドメーターを加算していった。

しかし、運転していた車は家族のものだった。当然いつでも使えるわけではないし、ガソリン代を負担しているとはいえ、走行距離への多大な貢献に文句がつくようにもなった。頼みの綱のタイムズカーシェアも距離料金が高くなり、全国どこでも自由に、とはいかなかった。

いつしか、車両を自分の名義で所有したいと強く願うようになっていた。いつでも思い立ったときに自由に乗れて、遠くまで連れて行っても怒られない、自分名義の車両。一般道路を60km/hで走れて、二段階右折が不要で、アンダーパスや陸橋を自由に通れる車両。

学生の収入では都市部の駐車場代はとても払えないからと車を諦めかけていたころ、ふとTwitterを開くと、フォロワーさん所有のバイクの画像が飛び込んできた。

JA44 ホンダ スーパーカブC110。排気量109cc。圧倒的な燃費性能。青と白の車体。丸っこくて愛嬌たっぷりのフォルム。ドラえもんのステッカー。「カブえもん」と名付けられたそのカブは、荷物を山ほど搭載され、全国の舗装路やダート、幹線道路や峠道を日々爆走していた。

これだ、と思った。二輪車特有のスタイリッシュな見た目に抵抗のあった私の好みにどんぴしゃりの可愛さと、自販機の水より安いガソリン代とに魅せられ、ついに普通自動二輪免許の取得を決心したものである。

車体の色はカブえもん先生の青ではなく、黄色に決めた。黄色なら、晴れた日の陽ざしの下で輝くに違いない。そして、空や海の青、山の緑によく似合いそう。西武線の電車の黄色い塗装や、JR東日本千葉地区普通列車の青と黄色のツートンカラーが、海山空の景色とよく似合っていると思ったのである。そしてなによりかわいい。青いカブをドラえもんに喩えるなら、黄色いカブはドラミになるのだろうか。

4か月かけてのんびり技能教習を終え、人生で1枚しか持てないという緑の免許証と別れを告げ、ピカピカの青い免許証片手にバイク店に行った。店にはもう、私の愛車になる予定のドラミちゃんが待っていた。JA59 ホンダ スーパーカブC110。排気量109cc。黄と白の車体。丸っこくて愛嬌たっぷりのフォルム。ステッカーはまだない。カブえもん先生の1つ後の年式である。

説明を受け、諭吉先生の束を手渡し、晴れて納車と相成った。キーをまわして電源を入れ、セルスイッチを押す。スタイリッシュな爆音バイクとは一味違う、どこか軽やかさのあるエンジン音が響いた。左足でペダルを踏んで1速に入れると、メカっぽさあふれるがちゃん、という音とともに、元気な衝撃を感じた。ウインカーを点け、ドラミちゃんと私は、街灯に照らし出された夏の夜道に走り出した。

すぐにエンジンが唸るようになり、ふたたび踏み込んで2速に入れる。がちゃん。ぶうううん。20km/h。がちゃん。ぶううううううん。35km/h。がちゃん。

次第に前から、自転車のとはまったく違う、流れるような風を浴びるようになった。そして、四輪車の窓越しの景色とも、自転車のゆっくりと流れる道路側端からの景色とも違う眺め。道路のまんなかを生身の体で風を切って突き進む感覚。

私のはじめての公道走行(二輪教習は所内のみのため)、そしてドラミちゃんの処女走行は無事故で終わった。自宅の駐輪場にドラミちゃんを入れ、センタースタンドを立てる。土埃を被った自転車たちのなかに、丸みを帯びた黄色くてでかいやつが1個鎮座するさまはちょっとおかしかったが、この光景にもじきに見慣れるだろう。

JA59 ホンダ スーパーカブC110。黄と白の車体。丸っこくて愛嬌たっぷりのフォルム。ひとまずドラミちゃんと呼んだけれど、じつは名前はまだない。これから考えてあげるから、酷使するかもしれないけれどよろしくね。

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