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ほうれん草をゆでる時間|愛犬と過ごすなかでのひとりごと【エッセイ】

うちにわんこがやって来てから、1か月が過ぎようとしていた。当初はちいさく痩せていたけれど、なかなか健康的なからだになってきた。骨ばっていた胸周りにすこしずつお肉がつきだし、ぽったりとおなかがたわんでいる。病院の先生からは「やっとパピーらしいからだになりましたね」と言われた。

それにしても、この1か月で、わたしの生活はおおきく変わったように思う。

いちばん変わったことは、野菜をゆでる時間が好きになったことだ。

もともと野菜をたべることは好きなのだが、自炊となると、キャベツくらいしか買わなかった。キャベツは便利だ。てきとうに切ってフライパンで焼けば炒め物になるし、オリーブオイルと塩をかければ生でもおいしい。おまけに中華スープにもコンソメスープにも合う。キャベツは、まさにひとり暮らしのミカタだ。

それが今では、わんこのためにとほうれん草やにんじん、きゅうり、かぼちゃ、さつまいも、トマトなどのバリエーションゆたかな野菜を定期的に買うようになった。ゆでたり火入れをしたりしてから、きちんと小さくカットをして、バットに敷いて冷凍して、パックに小分けをして…という、われながらわんこ中心の生活を送るようになった。

野菜の下処理のなかでも、ほうれん草をゆでる時間がすきになった。ぐつぐつと熱い熱湯に、茎から入れると、ほのかに甘いにおいがしてくるし、葉っぱも全部入れる頃には、いいにおいに引かれて足元にわんこがやってくる。しっぽを振っている彼をやさしく抱っこして、すこし火元から離れたところから、ふたりでぐつぐつしている様子を見つめる。ゆであがった後はすぐ水にさらして、しぼる。食べたそうにしている足元の彼に、切ったほうれん草をほんのちょっとだけあげると、おいしそうに食べる。―――この一連のゆでる時間が、とても幸せなのだった。

わたしたちは、変化しつづける。キャベツしか買わなかった人間が、ほうれん草をゆでるようになるなんて、かなり大きな変化だ。大したことないと思われるかもしれないけれど、わたしにとっては、ほんとうに大きな変化だ。このほうれん草をゆでているしあわせな時間が、わんこと過ごしてなかったら味わえていなかったんだなと思うと、なんだか不思議な感覚になる。

「これからもふたりで、いろんな幸せを見つけていきたいなあ」湯の中でおどるほうれん草を見つめながら、そんなことをしずかに思うのだった。

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