踊つてる踊つてる懐はからつぽ / 近藤飴ン坊 【著作権のおわった柳人の句をよもう!】
1918年発表の句集に入っているらしい。(新葉館出版『近・現代川柳アンソロジー』からの情報)
今から百年以上前に、さらっとこういう破調の句が詠まれているという驚きがある。
5-5-5-4の十九音。5-7-5からはほど遠く感じるが、これもまた川柳。
“踊つてる踊つてる”の5-5の繰り返しによって、なにか身体を廻転させているかのような踊りのリズムを作り出しており、下の5-4“懐はからつぽ”で川柳独特の軽みや、生活感のあるおかしみに着地している。
冒頭五音の繰り返しが、絶妙な狂気。
たとえば、この“踊つてる踊つてる”が、「踊つて踊つて(4-4)」とか「踊る踊る(3-3)」となっていたとしたら、ここまで自閉的な雰囲気は出ないような気がする。
4-4はなんだかテンポに合わせて足踏みもしやすい(廻転してる感じも薄い)し、誰か(場合によっては大勢ですらありそう)と一緒に同じ振り付けのダンスをしている感じもする。「今は懐がからっぽでも、これから協力してなんとかしていこう!」といった希望や共同体意識も感じられるかも知れない。
(ちなみに「踊る踊る(3-3)」だと、ワルツとかのペアダンス感すごくない?)
しかし、5-5はアカン。
ひとりで「くるりくる」しつづけるしかない。
「くるくる」でも「くるりくるり」でもなく「くるりくるくるりくる…」。一緒に踊るには、語り手の体内リズムに寄りすぎていて難しい。
この句から最終的に感じられるのは、(「絶望」とまでは言えないにしても)えも言われない孤独感である。
その中で躁的に舞う語り手の不気味さ。しかもこれが「抑うつ的」ではないからこそ、詩型として「川柳」と呼べるのかも知れない。その軽みとおかしみ。