もうあなたの手触りも思い出せないけれど

今日は、ウサギの茂さんの命日だ。
茂さんは、2016年の七夕の朝方に亡くなった。

私には「虫のしらせ」みたいな妙な能力がある。
7月6日、私は無性に茂さんを撫でておかなければいけない気持ちになった。
まゆげみたいな癖がつくくらい、おでこを指で何度も撫でた。
日をまたいで、7月7日の1時20分くらいにふと目が覚めて
うさぎのケージを覗いたら、亡くなってた。
普段の寝てるポーズと何も変わらなかったが、手を当てなくても死んでるのがわかった。それくらいなんだか「抜け殻」だった。

当時、同じリビングにはまだ0歳の次女のベビーベッドがあって
次女は一人で寝るタイプだったので、そのまま寝ていた。
とはいえ音がしたらさすがに起きるから、
静かに眠るように亡くなったのだろう。
10歳と少し。目立った病気はなかった。老衰と言ってよかったと思う。

不思議と涙はでなかったけど、眠れなくて、ペット葬儀について調べた。
犬猫はいっぱいでてくるけど、小動物はすごく遠い。
ウサギは骨が細いからうまく残らなかったみたいな口コミも見た。
なんとなく、人に任せるのはいやだな、と思って、庭に埋めることにした。
このための持ち家なのかも、とすら思った。

深夜2時、庭に出て延々と穴を掘る。
ウサギの体の大きさからいって、50㎝以上はほらなきゃいけなかった。
無心でざっくざっくと掘る。
穴が掘れて、少し眠った。埋めるのは子どもたちと一緒にやりたかった。
起きて、もしかしたら生き返っているのではと思ったけど
もちろんそんなことはなかった。
口から少しだけでた分泌液をぬぐって子どもたちに会わせる。

娘たちは、触らなかった。

それまで、茂さんが近くに来たら、近くに来なくても
容赦なく触りに行っていた。
なのに、ただじいっと見て、決して触れない。

生き物としての本能だと思った。

最後に撫でてほしい、みたいな気持ちもないわけじゃなかったけど
それ以上に幼い娘とウサギの「動物としての正しさ」みたいなのに
圧倒された。
これは「ウサギの茂さん」じゃなく「死体」だと娘たちはわかってる。
「死体」は感染などのリスクのあるもので、触るべきではない。
「死体」の方からしたって、触られてもそこには何もない。
もう、とっくに抜けている。

私たち人間は死体に触れるのは、死体を通して自分の感傷を触ることだ。

その感覚に感心しながらも、やっぱり私は「茂さんだったもの」を撫でずにはいられなかったし、その体に土をかけるのにとても抵抗があって喉が詰まったみたいに体が動かなかった。
夫が代わってくれて、土をかけ、茂さんはお墓におさまった。
墓標がてらホームセンターで飼った槿の苗木を植えた。
槿は毎日花を咲かせて、すくすくと育った。
花が咲いても翌日には落ちて、はかないものの象徴みたいに言われることも多い槿だが、我が家のものは花が毎回数日もつ。
その花を見て、私は毎年茂さんのたくましさを思う。

死んだあと、魂はどこに行くのだろうか。
ペット界隈では虹の橋を渡って、なんて表現がよく使われる。
娘たちはしばらくの間、ケージがあった場所に「うしゃぎ」と話しかけることがあった。
私はたくましく育つ槿に茂さんを感じていて、8年経った今、
もうウサギだったころの茂さんの手触りが思い出せなくなってきている。
生まれ変わりなんてものがあるかはわからないけれど
私にとって今、茂さんは槿だ。

困ったとき、心配なことがあるとき、槿の前で手を合わせて祈る。
助けてね、ってお願いする。
そういう意味では、茂さんは仏になったと言えるのかもしれない。

死んだあと、どうなるか、本当のところはもちろんわからない。
死んだらそれっきりなのかもしれないし
輪廻転生してもう第二、第三の生活を始めているのかもしれない。
私が祈っている「茂さん」は、きっと私の感情が作りだしたものだ。

きっと私たちが感じる「魂」なんてのは全部私たちが作り出したものだ。
でもないわけじゃない。
そこに茂さんがいるのかいないのかわからないけど、わからなくていい。
多分、答えはない。

長女はたまに茂さんのことを話す。
次女は覚えてない。
末子の長男は、茂さんと会ったことはないが、
なぜか異常にウサギを怖がる。おもしろい。

たまに写真を見返すと、かわいいなと思うけど
写真の中の茂さんはただのミニウサギで、ペットショップにいるウサギと
あんまり変わらなく見える。
やっぱり私の中で、茂さんの存在を感じられるのは
家のどの植物よりもたくましく大きく育った槿で
毎年あふれるように花を咲かせてくれるたび
「覚えとるか」「俺はおるぞ」と言われる感じがする。

茂さん、私はもうあなたの手触りを思い出すこともできないけれど
私は多分ずっとあなたの力強さに支えられて生きているよ。

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