ドロップスの終点

地上にも星は流れる。
赤や白や黄色のランプが、溶かしたドロップスのように道路を流れる。揺れるバスの車窓に、天の川が広がる。

綺麗だな、と思う。

「今日のお店、安くて美味しかったね。課長の送別会で使ったお店みたいに、気取ってて値段ばかりじゃなくてさ。うちらの給料考えて店選べ、って話よね」

バスが揺れる。
ジャケットに残るビールの匂い。
リズムを刻む車窓に、ため息が流れる。

「ねえ」
「何?」
「諦める、あの人のこと」

夜の信号はくっきりと赤い。バスは赤い魔法にかけられて、横断歩道の手前でおとなしく止まる。

「え、何で?!今日だってやっと再会できたのに」
「うん、だから。今日で最後にしようって決めて来たの」

人工の星に照らされた街は暖かい。横断歩道を渡る背中の群れを優しく包む。

「いつもみたいに、照れて全然話しかけないのかと思ったのに」
「それはいつもと同じかもしれない。でも、それよりも黙って見ていようと思ったの」
「急にどうしたのよ」

人工の星の海に、バスが滑り出す。

「あの人のこと、調べてみたの。色々わかったから、それで」
「まさか、結婚してたとか?」
「そういうんじゃないよ」

降車ボタンが光った。夜の街にまだ用のある誰かがいるらしい。

「インターネットって怖いね、私たちが子供の頃には考えられなかった。
昔アルバイトしてたお店のブログとかさ、残ってるのね、痕跡が。思ったよりもたくさん」
あんたのリサーチ能力は相変わらずねえ、うちらもそれで救われたことあったっけねえ、と感心したような呆れたような声が漏れる。

「何を見てもね、ものすごくいい人なの。まわりの人に可愛がられてて、応援されてて、暖かさとか人柄とか、ものすごく伝わってくるの。ものすごく。
ああ、良かったなって。いい人で良かったなって。だから惹かれたんだなって。その頃から全然変わってないんだなって、今日もよくわかった。
だから、困らせたくないの」

ICカードを疲れたようにかざして、少しだけ髪が白くなった女性がバスを降りていく。

「そんなの諦める必要なんかないじゃん。あたしも今日見てていい人だなって思ったし、だから頑張って欲しかったのに…」
ずっと無表情だった口元が、揺れるバスの中で初めてほころんだ。
「たぶん、どれだけ頑張っても駄目じゃないかな。そういうことも、なんとなくわかったの。でも、それは仕方ないことだもん。友達になれないなら、遠くで幸せを祈ってるのがいちばんだよ。あの人のことなら祈れる。それを今日、確信したの。だからもういいの。ありがとね、色々聞いてくれて」

二つ前の席で、若いサラリーマンが船をこいでいる。窓で頭を打ったのか、傾いていた頭を慌てて起こしたが、その頭は反対方向にまた倒れていく。

「見る目があるのにね」
「そうだね、自分で言うのもなんだけど、いつも見る目はあるよね。別の意味で、全然ないけど」
「そうねえ、そういうことになっちゃうか。
でもさ、絶対なんてないじゃん?あんたがいい人だって、あの人もひょんなことで気が付くかもしれないよ。その時はちゃんと目を見て話すのよ?」

奇跡が起きたらね、と笑う瞳に、潤んだ星が浮かんだような気がするけれど、きっと気付かないふりがいい。

バスは終点の、ターミナル駅の停車場に滑り込もうとしていた。
街中の宇宙旅行が終わる。憧れていた一等星への旅が終わる。
街にばらまかれた赤や白や黄色のドロップは、砕いた夢で出来ているから寂しくて、暖かい。



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