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せっかくだから、カニコロとあんかけスパを【10万円で思い出ごはん⑥】

『バナナマンのせっかくグルメ!!』という人気のテレビ番組がある。生前の母はこの番組が大好きで(というより多分バナナマンさんが好きで)、日曜の夜はよくふたりでご飯を食べながら番組を観ていた。バナナマンの日村さんや様々な芸能人ゲストが全国をまわり、その土地の人に贔屓の店を尋ねてゆく内容である。
いつだったか、地元のスーパーがインタビュー場所として映り「わ、あそこのスーパーじゃん」と驚き合ったとき、
「もし、お母さんがこの番組で紹介するなら名古屋のどのお店言う?」と訊いてみた。すると母は即答で、
「Nポリ」
と言った。

Nポリは昭和44年創業の老舗のあんかけスパ専門店である。名古屋名物とうたわれている食べものの中でもとりわけ特殊な、知らない人には中々説明が難しい不思議なメニュー、あんかけスパゲッティ。
久々に食べたくなり行ってみた。

観光客には少し行きづらい場所の、常連客で賑わう店である。外で開店時刻を待っていると時間より早めに「どうぞ」とにこやかな店員さんが扉を開けてくれた。1人なのでカウンターに座ろうかと思ったが、「テーブルでも大丈夫ですよ」と言ってくれたので、混む前に食べ終わればいいかとありがたく、家族で来ていた頃の思い出が漂うテーブルにつく。私の後にも続々と、慣れた様子の客たちが思い思いの席に座っていった。
「お決まりですか?」
「ミラカンの普通盛りで、トッピングにカニコロと片目焼き、あとフィッシュフライもお願いします」
「はい、かしこまりました」
気持ちの良い注文の声が厨房へ届けられる。

この店によく来ていた頃、スパイシーな味付けがまだ苦手だった幼い私は、父母弟の3人があんかけスパを頼む中でひとりカレーを食べていた。しかしNポリはカレーもおいしいのだ。特に自家製のカニコロッケがふたつ乗った「カニコロカレー」が大好物だったのである。
思い出ごはんだしそちらにしようかとも迷ったが、スパイシーもすっかり好みになった現在はやはり、せっかくNポリに来てあんかけスパを食べずにはいられない。
日村ロボに向かって言うとしたら、なにかなー。「せっかく名古屋に来たんだで、Nポリのカニコロとあんかけスパを食べてきゃー」だろうか。字で書くと名古屋弁って田舎丸出し……。
そんなことを考えているうちに、「はい、お待たせしました」と目の前に大きな皿が置かれた。

うわあ。これこれ。
赤いとろっとした餡のかかった太めのもっちり麺。フォークに絡めて口に入れると、ピリっとするのだが、酸味もある。ミラカンというのは野菜炒めのどっさりのった母の贔屓メニューで、玉ねぎやコーンのやさしい甘味が辛めのソースとの相性抜群。刻んだウインナーが懐かしい赤ウインナーなのもニクい。
そしてカニコロである。
まんまるい衣を割ると、ほのかにピンクがかったきれいなクリームが覗く。細かく刻まれた野菜とカニの風味。ああ、やっぱりこの店のカニコロッケが私の知る限り最高だ。洋食屋の1000円以上する恭しいカニクリームコロッケより、1個200円でトッピングできるNポリのカニコロの方がよほど手が込んでいて、おいしく思える。Nポリはあんかけソースもこだわりの手間暇がかかっているが、欲張って追加したフィッシュフライもふっわふわ。お皿の山が半分ほどになったところで、片目(黄身1つの目玉焼き)を決壊させて具、ソース、麺をさらに絡める。フォークの動きが止まらない。

一気に食べ終えて冷たい水で喉を潤し、混雑の邪魔にならないうちにと席を立った。私より遅く入店した客たちも、ほぼ皆会計を終えて「ごちそうさん」と次々店を出ていく。その様子が忙しなさではなく気安さだと感じるのは、店員さんの明るい雰囲気のお陰なのだろう。
会計時、そういえばと思い出した。

母と、例の会話の後だか先だか忘れたが、一度だけふたりでこのNポリに来たんだった。あれは、父が亡くなってすぐの私の引っ越しを母が手伝ってくれた日だ。
「手伝ってもらう御礼に、久々にNポリでお昼奢るよ」
と豪語した私はしかし、満腹になって母と店を出る段になって財布を家に忘れたことに気づいた。母は自分の財布を開きながら呆れて笑っていた。その午後、私の狭いアパートに詰め込まれた大量の荷物に母は爆笑し、私もやけになり爆笑したが、次第にいつまでたっても終わらぬ片付けにふたりとも不機嫌になり険悪な雰囲気の中で作業を進めた。そんなことは珍しいのだが、ふたりとも、父の急死後でやることが山積しておりだいぶ疲れていたのだと思う。
そんなふうにしてなんとか引っ越しを終え、母と、毎晩テレビを観ながら夕食をとる暮らしが始まったのだ。

せっかくグルメもチコちゃんも、母と同居し始めてから観るようになったんだったな。


お母さん、今日は財布をちゃんと持ってきたけれど、お約束なのでご馳走になります。

おいしかったー。
ご馳走様でした。


思い出ごはん⑥
・ミラカン、(トッピング)カニコロッケ、片目焼き、フィッシュフライ
……1,550円(残金81,015円)

※金額は2025年現在のものです。

イラスト/©宇佐江みつこ





今週もお読みいただきありがとうございました。
配信が大幅に月曜を超えてしまい、お待ちいただいていた方いらしたら大変申し訳ありませんでした。
店名は伏字にしてあります。気になる方はネットで探してみてください~。

◆次回予告◆
『美大日記』㉗

それではまた、次の月曜に。


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