(短編エッセイ)フー!/冬の楽しみ全部やる。
フー!
今、私はたいへん浮かれている。
なぜかというと、ふだん日本語の使い方に対して非常に真面目で慎重な学芸員さんが「空前絶後」とまで表現した超絶怒涛のダブル企画展が先日終了し、末端職員である私もこの2ヶ月半ずっと心身共に張り詰めていたのでその解放感たるやという、現在なのである。
完全に、終わった今だからこそだけれど「頑張るっていいなあ」としみじみ思う期間だった。個人的に色々失敗もしたし、反省することも多かったし、準備不足だったなあと思うこともある。けれど、
「開催中、自分、頑張ったと思う?」
って誰かに訊かれたら、迷わず「頑張った」と答えらるくらいには毎日精一杯だった。そして一番嬉しいのが、その気持ちを持っているのがおそらく自分だけではなく、同僚たちもそうだったんじゃないかなあと思えたこと。
イベント接客業はどこも同じと思うが、最終日が近づくにつれ現場の体力は落ちていく一方、忙しさは反比例して増してくる。そんな中、一番重圧がかかる役を乗り切った同僚に、次の出勤で「この前は大変でしたね、お疲れ様でした」
と声をかけると、
「ええ、もう、あの夜は『終わったぞー!』ってボルドーの赤ワイン開けました!」と清々しい表情で言われて朝からロッカールームが笑いに包まれた。また別の同僚も、大盛況の窓口係を務めあげた日、帰宅して出迎えてくれた猫にただいまではなく無意識に、「いらっしゃいませ」と言ってしまった、と話してくれて、笑ったけれど同時にじーんと胸が熱くなった。
そして迎えた最終日。私は今自分にできるすべてを出しきる思いで出勤し、気心知れた同僚たちと励まし合い支え合い、なんとか無事にその日を終えてロッカールームで皆と
「フー!!」
「終わったぜー!!イエーイ!!!」
「天才!私たち最高!!」
と拳を突き上げ沸きに沸いた。断っておくが、10代の部活風景ではなく30~50代女子の職場風景である。底抜けに明るさを爆発させる私たちに、その場に居合わせた学芸員さんはあっけにとられていた。
そう、フロア担当者は最終日がほんとの最終日だが、学芸員さんには、展覧会終了後にも作品返却等の膨大なお仕事が残っているのである……。
一足先に失礼。
冬の楽しみ全部やる。
今年は、全部やろう。
長い夏に続いて中々冬っぽくならない秋の最中からそう決意していた。冬は大好きな季節だ。今までは、クリスマス翌日から大晦日までのぽっかり空いた1週間が特に好きだったが、今年はクリスマスも大晦日も正月も、満喫しまくるつもりである。
手始めに、おせちを予約した。
ふだんなら実家で両親と手分けして作っていたおせち。ひとりで迎えた今年は何も作らなかったし、おせちを思い出しもしなかった。元旦は親戚の家に御呼ばれして楽しくはあったけれど、鮮烈なのは能登地震のニュースばかりで、どんなふうに過ごしたか、あまり思い出せない。その原因が家におせちがなかったせいだとは言わないが、やはり、おせちは正月にかかせないとなぜか強く思った。
とはいえ、定番おせちは自分では好んで食べない品目も結構あるので、以前住んでいた場所の近くにある気軽なフレンチ総菜のお店の洋風おせちを予約した。早期予約割引やお持ち帰り割も使ったが、それでも約16,000円也。贅沢すぎるけれど、今から受取日が楽しみで仕方ない。
そして、おせちの前にやってくるクリスマス。去年は阿呆みたいにクリスマス前後、毎日色んな店のチキンを買って自棄のように食べていたっけ……。今年は、ちゃんとしみじみ楽しみたいので小ぶりな卓上ツリーを買ってみた。子どもの頃、ツリーに憧れたけれど確かウチにはなかったと思う。その代わり、大きなサンタブーツ入りのお菓子は買ってもらったなあ。そちらも久々に買っちゃおうかとも思ったけれど、売り場で中身の内訳を見たら、「ま、いっか」
と思い直しツリーにした。クリスマスケーキも予約したいが、そのあたりで何度目かの忘年会が入りそうなのでひとまず保留。
近頃は出先で「おいしそう~」と思うワインやおつまみを見つけては、冬眠前の動物みたいにせっせと買い溜めている。前から試してみたかった久世福商店の万能だしも、お雑煮に使おうかな。おもちもちょっといいやつ買っちゃおう。父に教わったレシピで、どて煮も久々に作ろう。
クリスマスなんて、と思ったことは思春期の頃も多分なかったけれど、かと言って、さほど特別に過ごしたいという気持ちも強くなかった。普通にちょっとクリスマスっぽいものを食べて満足、という程度。
けれど去年、初めて母娘ふたりで迎えるはずで楽しみにしていたクリスマスを母の急死で迎えられなかった。一緒に見に行く約束をしていたツリーは、幼馴染が車で連れて行ってくれた。母が作ると言っていたぜんざいの素は、未だに棚の中に残っている。あれも年始に食べてやろう。
当たり前じゃない。
クリスマスも忘年会も大晦日も、お正月も。
楽しみに出来る心と体があるというのは幸せだ。
生きているご褒美。
せっかくだから、味わい尽くしたいと思う。
(表題イラスト/©宇佐江みつこ)
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今週もお読みいただきありがとうございました。
皆さまの、冬の楽しみは何ですか?
◆次回予告◆
『ArtとTalk 53.』
それではまた、次の月曜に。
*大学時代のクリスマス話↓
*宇佐江みつこの短編エッセイ。その他はこちら↓