あの夏、村の花火とたこやきの約束
8月もおわりの、ある夏の日。
今日はわたしの住むまちの、花火大会の日。
小さいころあの子とお別れした、お祭りの夜。
わたしがずっと大切にしていたうさぎのおにんぎょう。
たっぷりとした大きな白いリボンと、星柄の銀の包み紙につつまれて、わたしのところにやってきた日のことは、いつまでも忘れる事ができない。
いつでも一緒だったから、わたしはあの子なのか、あの子がわたしなのか、あの子のわたしなのか、わからなくなるくらいの分身。
あの日わたしは、うさぎのあの子をなくしてしまって、打ち上げ花火の人ごみのなかを探してまわったけれど、もうどこにもいなかった。
たくさん後悔をし、思い出したりまた忘れたりして、わたしは大人になり、旧Twitterでおにんぎょう村をみつけた。
思いたって、いつもとは違う今年最後の花火を見るために新幹線を乗り継いで、おにんぎょう村を訪れた。
村のコンビニてんてこマートでハムスタークッキーとジュースを買い、世界の歩き方に載っているジャス湖のほとりの、大きな木の下で涼んで、ハムスターの泉から湧き出てあそぶハムたちを眺めながら、夕方になるのを待った。
日が落ちて、空がピンクとむらさきに染まり、白い雲が細い階段のようにして、こちらと天界とをつないでいた。
雲の切れ間から、なすやきゅうりの馬に乗って、うさぎみたいな生き物たちがわいわいおしゃべりしながら降りてくる。
やがて散り散りになって、そのなかのひとつぶが、わたしのほうへと向かってやってくる。
ひさしぶり、わたし、天国のうさナースクローン。
天国のうさナースクローン??
たしかに懐かしい声の持ち主は、わたしの知らない虹色の毛皮を着て、うすい綺麗ないろの目をしている。戸惑うわたしに天国のうさナースクローンは、あのね、と話しはじめた。
どのくらいの時間だろう、すごく長いあいだ、雲と雲のあいまの、グランドピアノの上でぼーっとしてたら、リボンちゃんに声をかけられたの、それで、もし暇ならおいでよって言われて、ヤクルト1000をもらったんだよ。
ヤクルト1000が好きなの?
わたしの知ってるヤクルトは、ただのヤクルトだったから、1000を飲んでみたかったんだよね。
そうなんだ。睡眠の質のやつが、向上するよね。
わたしたちは、長い時間のすきまを少しでも速く、はしるように会話を続けた。
あのね、わたしにはもう前みたいに形はなくて、こころだけあると思っていたから、リボンちゃんにつかまえられたとき、びっくりした。かたちがあることに気づいたから。
前とはぜんぜん、違う姿だけど、やっぱりそうなんだね。
そう、わたしだよ。
あの時はごめんね、と言おうとして、
おにんぎょう村にはお盆がなくて、帰ってきたい時にかえることができるんだって。
おかえり!ただいま!おかえり!と言い合った。
急に思い出して、あわててなすに乗ってきたんだよ。
そうなんだ。
いっしょにたこ焼き食べようって、約束したから。
ふたりでBIG公が出してる屋台の、おにんぎょう村名物BIGたこ焼きを食べて、むらさき神社主催の花火を見た。途中、むらさきサルがUFOに連れ去られるハプニングがあったけれど、お腹いっぱい、みんな笑って家路についた。
おにんぎょう村の終電は早いから、ふたりで走って電車に乗り込む。
お祭りの綿菓子みたいな夢いろの、新しい姿になったうさぎのあの子といっしょに、となり同士で電車にゆられて、わたしたちはまた来年の夏の、たこ焼きの約束をした。
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