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漆草子 -深きもの‐
漆とは
『深きもの』
初めて漆の魅力にとらわれたとき
それは
吸い込まれるようだった
目の前に現れた少し大きな朱塗の器は
少し暗い部屋の中で
凛として
艶やかで
あかく
そして透明
深く
深く
吸い込まれるようだった
あの瞬間
あの感覚
谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』のなかで、暗闇と蝋燭の灯りで見る漆器の美しさについて著したのを読んだのは、それから何年もあとだった。
あのピカピカ光る肌のつやも、暗いところに置いてみると、それがともしびの穂の揺らめきを映し、静かな部屋にもおりおり風の訪れのあることを教えて、そぞろに人を瞑想に誘い込む
私があの日体験したのは、そんなここちだったのかもしれない。
あの妖しいほどに深く、鈍い光を放つ朱の艶肌は、
今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
漆とは
『深きもの』