個性

読書レポート「個性」津村記久子:大事な人の目に私という実体が映らない

津村記久子さんの短編集「浮遊霊ブラジル」に収録されている「個性」がとてもよかった。川端康成文学賞受賞作品の「給水塔と亀」もよかったが、私が一番ドキリとしたのは「個性」だった。

個性とか、私が私であること、というテーマは、もうすっかり手垢のついた素材かと思ったら、なんとまぁ、あっさりすっきり、ユニークに、快刀乱麻に課題をぶった切った作品。そうきたかぁと思う。しかしそうそう、そういうことよね、とも思う。

就職活動を前に世間の常識とか目線に怯えて自らの外見的個性を押しつぶしてしまった大学生が、大事なことの順序に混乱して右往左往する様子をユニークに描いた短編。

社会に出るにはそれらしい外見を作らなくては、と先輩にアドバイスされた彼女は個性的な髪型をやめた。すると突然、あの人の目に彼女は映らなくなった。無難な格好をしようと、突拍子もない格好をしようと、彼女の姿はあの人の目に映らない。比喩ではなく本当に認識してもらえない。どうやら彼には彼女のことがだけが透明人間のように見えないらしい。彼女は彼が好きなので、なんとしても彼の目に映りたい。だから彼が自分に気づくように、どんどん奇妙な恰好をして彼の前に現れるようになる。

世間という実体のないものの目線を気にして自分の見かけを作ってみても、本当に大事な人の目に私という実体が写らないのでは虚しくてやりきれない。

結局彼に見えなかったのは、見えていたものは何だったか。

右往左往する大学生は最終的にはとても現実的な、しかしそれまでの混乱を経たからこそ、安心して応援できる選択をする。

自らの社会適応や自分らしさに不安の多い若い世代に対して、その不安につけこむように、社会に入るならば受け入れられやすい常識的な外見を作るのが当たり前だ、というメッセージを意識的無意識的に送る社会への皮肉たっぷりの物語だ。

同時に「それが外見であれ内面であれ、あなたの個性は誰に評価されるためでもない、あなたのものだ。」という著者の強い思いを感じる。


津村記久子「浮遊霊ブラジル」文藝春秋 (2016)

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