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「大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない」



と、ブルーハーツが唄っていた。
本当のこと。大事なこと。
ブルーハーツ、真実を唄う。



以下は暇を持て余した私の戯言なので、暇すぎて何か読まないとどうにかなりそうな人か不快になっても構わない強い心を持った人か私のことを知りたいと思ってくださる菩薩のような人だけ読んでください。


日記。雑日記。

誰かを褒めるときに他の誰かを貶すような"振り"を見せてしまう伝え方ってあんまりセンスないなと思う。そのやり方って楽だし。Aを褒めるときにBを引き合いに出した方がなんとなく理解されやすい感じ出せるし。でも本当は自分が見る目のある、分別のある人間だって信じたいから何かを利用してるだけ、
って気付いてそうだし。その好き自体が相対的なものだからそうなるのか?

でもたまに、そういう伝え方でもすごく突き抜けてたら【逆に】センスあると思っちゃう時もある。突き抜けてたら論理一切なくても全然いい。あんぱんよりどら焼きの方が絶対においしいでーす!!理由はまじで美味しいから!みたいな不思議なこと言ってる人って好きだし信用出来る。自分の好きをまっすぐに信じる勇気、カッコいいなーと思う。
この感覚的な"信頼"みたいなものをすごく大切に思っている。(伝え方と感じ方の話)
身の丈に合った伝え方してないときもい。と、感じてしまう。
「誰かを褒めるときに他の誰かを貶すような振りを見せてしまう」やり方って、超もったいないことしてる気がしちゃうんだよ。伝えたいなら、"伝わるように"伝えるのがいいと思う。わざわざ難しい言葉なんか使わなくても、自分らしさなんて探さなくても、感じたことそのまま言ってみたらいいと思う。相対的に見ないと価値が分からないなんてことはないのではないか。信じれば良いよな。
言葉は先行するものじゃなくて付いてくるものであってほしいというのは心からの、というかもう切なる「願い」だ。人はそんなにばかじゃないから、表現では騙せない。うわぁーーーすきだーって思ったらうわぁーーーすきだー!って言ったらいいし、勇気がなくて言えないって思ったら勇気がなくて言えないって言ったらいいと思う。それ言える人はたぶんアイラブユーって言えるんだけどな。そうやって自分から溢れ落ちる無数の欠片の中で一つくらいなんかいいなと思う人が必ずいるし、まだ出逢ってなくても語彙力ないからとか予防線張らないで、逃げないで、蔑まないで、自分の感覚を信じて凛としていてほしい。(自分の思ったこと書こうとすると必ずさいご「"誰か"を励ます感じ」になっちゃうんだけど誰を励ましてるんだろ、べつに励まされなくたって皆やれてるわな)
ストレートな表現、平易な言葉、結局のところすべて伝え方の話なんだよな、と腑に落ちてしまう。恋人にならなかった人の「好き」よりブルーハーツの「頑張れ」のほうがときめくし← 誰かを褒めるときに他の誰かを貶すような振りを見せてしまう伝え方。



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