【超短編】消しゴム顔(再投稿)
2022年06月05日投稿作品
「毎週ショートショートnote」企画
お題は「消しゴム顔」
ーーああ、この顔には表情がないばかりか、印象さえない。特徴がないのだ。たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。すでに私はこの顔を忘れている。
「人間失格」の四文だ。顔だけ消しゴムで消されたように何一つ浮かばないような、そんなことがあろうか。十歳の少女は一旦、本を閉じて考えた。
たとえば、顔を触ってみる。ある。確かに、額が、眉が、眼が、鼻が、頬が、口が、ある。鏡の中の少女は粋な笑顔を浮かべている。そりゃあそうだ。見栄張ってお化粧したのだもの。
十年後、社会人になった少女は再びその本を手に取った。そして同じ部分でふと、本当にふと、気になって鏡を覗いた。
「…ない」
無かったのだ。まるで消しゴムで消されたかのように、顔だけ。少女には涙を流す眼も、救いを求めるはずの口も、呼吸をする為の鼻も、無かったのである。
道理で。お化粧も上手くできない筈だわ。いや、本当は、そんな気力もないだけなのに。
映るのはただ、天井にぶら下がった輪。少女が強く握っていた。
宜しければ。