【超短編】狂愛の餌食
きっといつまでも毒されていくんだ私は。
母親と手を繋いだ記憶がないと呟く私を、優しく抱きしめてくれるあなたが好き。もうこの傷は一生治らないことを知っていて、精一杯の治療を施してくれる。二度と消えることのない手首の傷をタトゥーで誤魔化してしまうように。
恋人と親を混同させてはいけないとなにかで読んだ。それはきっと母は料理してくれたのに彼女はしてくれないとか、そういう言葉を禁じるためのものだったと今ならわかる。だけれども手を繋ぎたいとか頭を撫でられたいとか、甘えたい感情に蓋をして強がることが美徳だと吹き込まれたように受け取った私はいつも怯えていた。
あのね、一緒に歩くときは手を繋いでほしかったの。私が泣いたら抱きしめてほしかったの。
親に求めることができなかった無条件の愛をあなたに縋ってもいいのだと、あなたは優しく教えてくれた。朝起きてあなたがおはようって言ってくれる。一緒に朝ごはんを食べる。あなたがここにいる。いつでも、私の味方でいてくれる。どんなに泣いても怒られない。
ねえママ、私ね、ママより幸せになったよ。
突き放されるのは怖い。突き放されないのも怖い。無償の愛なんて信じられなかったし、理由がないものは怖かった。どう扱っていいかわからなかった。誰かが言ってたのよ、無償の愛は親子でしか有り得ないって。そんなことはなかった。むしろ親子は一番無償の愛から遠い場所にあった。
あなたを愛していれば愛された。愛されるから愛した。あなたがあなただから好きだったの。
私のことをいい子だって褒めてくれたのはあなただけ。夜はあなたとおててつないで眠るの。右手と左手、同じくらい。あったかい。
みんなが私を変だって言うけど、あなたはそれでも愛してくれる。一緒にお料理して晩ごはんを食べてくれる。依存しすぎだってクラスメイトに怒られちゃったのよ。そのひとがいなくなったらどうするのって言われちゃった。あなたは私を残していなくならないから大丈夫なのに。友達がいなくなるよとも言われた。いなくても、あなたがいれば生きていけるのに。みんなわかってないんだわ。
ねえ、私ダメになっちゃったらあなたと一緒に死ぬの。首吊りで。お互いの命を引っ張り合ってここまで生きてきて、そうね、たぶんこれからもそうだと思う。誰かの生きる意味になってみたかった。あなたはほんとうに私のお願いごとをなんでも叶えてくれるね。
あのね、私あなたのためだけに息をしているんだよ。あなたの名前をタトゥーにして胸元に刻もうと思ってお店に行ったの。そうしたらね、私と全く同じ名前が刻まれちゃったのよ。笑っちゃうでしょ。
ああ、そうだね、それでも僕は君が僕をずっとそこに住まわせてくれることが嬉しいよ。どこまでも堕としてあげるからね。
宜しければ。