スライド48

東京生まれアメリカ育ちでブラック経由な私の仕事に対する考え方(スライド48p全公開)

岡です。

大晦日です。

本年も皆様には本当にお世話になりました。

NPO法人Ubdobeの仕事納めは12/28、代表理事である僕の研修という形で幕を閉じました。

社員に研修を行うなんて100年早いと思っていた僕にとっては初めての経験でした。

とにかく自信がない、実績もない、技術も知識もないという自分ですから。どうやって人に何かを教え学んでもらうかなんて分かるはずがない。そもそも小学校をアメリカで過ごし、日本に戻ってみんなが同じランドセルを背負って学校に通っているという光景にまず衝撃を受け、そこから日本の統一的教育に反発し中学校ではろくに勉強もせずに先生から言われたのは「どんなヤンキーでも入れる高校にお前は入れないからこの地域から出ていけ」でした。そこから母や家族のサポートによって私立高校の受験をし、無事に高校に入学してから人生が始まったような気がした僕です。

そんな僕が教育者になれるわけがないといじけていたのだが、うちの法人の社員と理事は僕にチャンスをくれた。その時の研修で使ったスライドを全て公開。どんな話をしたのか、内容を一部交えながら記していく。

アメリカの自由文化と日本の統一文化の狭間で揺れた数年間。アメリカでは音楽と石にはまり、ファッキンジャップと言われようとも家族や数少ない友人と楽しく過ごしながら少林寺拳法に打ち込んでいた。

中学生になってからの僕は石や考古学に関する新聞記事を切り抜きスクラップブックを作る毎日。学校の先生や僕をいじめてくる生徒に対して全力で反発行動を続けながら世界中で巻き起こるデモや暴動のニュースを食い入るように見ていた。卒業文集で書いたのは「中学校3年間で楽しかった思い出は何一つありません。が、修学旅行で行った奈良の山々は美しかったです。さようなら。」という三行だった。

さー人生が始まった。ハードコアとヒップホップ、ライブハウスとクラブカルチャーとの出会いだ。日本人の友人とはライブハウスに行きハードコアにまみれながらモッシュピットで暴れる毎日。米軍基地の友人とはクラブに行きヒップホップにまみれる毎日。僕にもやっと居場所ができたとさ。

もう止まらない。骨折するほどに暴れ、ヒップホップを求めてLAに飛び、Aphex Twinと出会ってテクノやエレクトロニカにハマり、正反対とも言える民族楽器ディジュリドゥの演奏を始め、僕はもう音楽という呪縛から逃れられなくなっていた。好き好んで自ら飛び込んだ呪縛だった。その全てを表現したい。DJもライブも民族音楽も混ぜ込んだイベントを主催し始め、「ウブドべ共和国」という怪しい団体を立ち上げたのだ。

そんなタイミングで訪れた母親の入院と胃がんによる死。もっとも自分を応援し続けてくれたポジティブの塊のような母が亡くなってしまったのだ。僕は自分の世界を創るのに必死で、家族の異変には全く気づかなかった。何もできずに母を失った。

もう自分の世界を追い求めるのをやめよう。母ちゃんが望んでいた「ちゃんとした人生」を歩もう。就職をしよう。営業マンになろう。売上をあげよう。出張しよう。契約しよう。僕は日本という国のいちサラリーマンでしかないのだ。

3年間。。。またやってしまった。今度は仕事に必死になるがあまり爺ちゃんの認知症にも気づかず、何もできない(しない)僕がいた。このままではいけない。俺は一体何のためにこれまで生きてきて、これから何のために死んでいくのか?家族がどんどんいなくなっていく。辞めよう。全てを辞めよう。母や祖父に対する後悔をこれ以上増幅させるわけにはいかない。

なぜ母の病気に気づかなかったのか。なぜ気づいた後も何もできなかったのか。
なぜ祖父の病気に気づかなかったのか。なぜ気づいた後も何もできなかったのか。
医療や福祉って人の生き死にの話なのに、みんな敬遠する。嫌がる。聞きたくないし、話したくもない。このままじゃいけない。僕のような後悔人が増えるだけだ。それは嫌だ。せめて自分の音楽好きの友人たちには味わって欲しくない。

『よし、音楽とエンターテインメントがベースの医療福祉のイベントを開催しよう』

考える前に行動。生来の勢いが良い方に働いたのか、どんどん出会いが膨らんでいく。どんどん企画が進んでいく。どんどん実現していく。どんどん仲間が増えていく。

クラブカルチャーと医療福祉情報、フェスと障がい児支援をベースとしたこの活動団体を法人化しよう。「ンポ」ってのがあるらしいぞ。株式会社じゃなくて財団や社団法人でもなく「ンポ」。それがうちの活動内容と一番合うらしい。

よし、「ンポ」を創ろう。

NPOだったらしい。どうやら経営ってのが付き纏うらしい。何だよまじかよ。知らねーよ経営とかビジネスとかそういうのわかんねーよ。ノリと勢いだけで進めてきたイベント事業で大失敗。法人設立から1年で破産寸前の状態まで陥る。詳しくは書かないけど、ウブドべは一回ここで死んでいる。けど生き返った。いや、生き返らせてもらった。またもや家族、そして友人のおかげだ。もう死ぬわけにはいかない。

お金がないといけない。NPOでも株式会社でもなんでも法人なら売上がないと生きていけない。そんなことを思い知った僕ら。じゃーどうする?何を売る?唯一あったのが19歳からやってきたイベント制作のノウハウとブッキングできるアーティストとのつながり。これだ。このノウハウを「プロデュース」という名のもと周りの医療福祉系企業に売っていこう。

やってやって疲れてやって。休息などない急速な成長が必要なんだ僕らには。それを後押ししてくれるテレビや新聞。やっと少しだけ社会の中で認知されてきたのかもしれない。狭い狭い医療福祉業界の中で、NPO業界の中で、少しだけ知っている人が増えてきた。

あれ、国まで届いた。「現状をDESTROYしてPARTYしようぜ。」とか繰り返し言い続けてきたら厚生労働省が主催する全国の行政機関の医療福祉担当が集まる会議に招いてもらった。為せば成る、為さねばならぬなんとかかんとか的なやつだな。

しっかし日本広いなマジで。俺一人じゃ無理やわって思ったんだ。全国に仲間を増やそう。各地域で活動できる支部を作ろう。

企画が増えていく。仕事が増えていく。課題も増えていく。売上も1億を超え、もう俺の手にはおえない。役員制度の見直し、社員の雇用推進、業務委託契約者の増幅を図らなければこの勢いには付いていけない。イベントとデザインの受託だけし続ける経営はやめよう。もっと規模感を意識しよう。もっと継続性を意識しよう。もっと経営というものにフォーカスしてみよう。できないけど。わかんないけど。

大きな転換期。2010年から8年間続けてきた医療福祉系クラブイベントSOCiAL FUNK!。ルーツともいうべきこのイベントを次の次元に押し上げるため、CLUB ASIAから憧れでしかなかったVISIONに会場を移した。なんか自分たちの表現がわかった気がした。やっと少し自分がやりたいことができた気がした。始まった気がした。さらにはデジタルアートとリハビリテーションの融合システムの開発というものに着手。日本財団のコンペティションに挑戦して1.5億円を調達することができた。今までとは明らかに違う。そして、明らかに自分も変わらなければならない。

変わらなければならないんだ。

あんま変われなかった。好きなことに対する情熱と苦手なことに対する自信のなさがどんどんかけ離れていく。それでもいいと認めてくれる仲間に囲まれて、僕はひたすらに自分の世界観を追求する旅に出る。それがもっとも健全なのだ。やりたいことをやり、やりたくないことは人にお願いする。自分のやりたくないことが人のやりたいことに繋がっていることが多々ある。凹凸。互いに凹凸を埋めあって生きていく。それがもっとも健全なのだ。

ここからは僕がサラリーマン時代に得た技術(というか気合い)の話をしたのだが、内容がなかなかえげつないのでスライドを貼ってノーコメントにしておく。ご想像にお任せします。ちなみに、うちの法人ではこの手法は取り入れておりません。あくまでも僕の経験談ですのであしからず。

つまりは全てを気合いでカバーせよみたいな教育で育ったんですね。それが間違っていると気づいたのはごくごく最近のことです。けど活かせることはたくさんある。というかブラック企業で育たなかったら今の僕はいないかもしれない。肯定とか否定とかじゃなくて現実の事実としてそう思う。けど、本当に辞めてよかった。

ここからブラックな過去を活かして自分が自分に課したマイルールを紹介した。

企画、制作、運営。
企てて、創って、実行する。
この循環。
丁寧に、繰り返すこと。そして同じことを繰り返すのではなく、螺旋のように周りながらも進んでいくこと。FIRST IN LAST OUTを常に意識すること。僕らはこの螺旋を登って登ってどこにたどり着くのかな?

ここから「そもそもなんでその事業始めたの?」を解説。全事業分+これからやりたい事業もさりげなく入れ込んで俺に厳しい理事会に対しての提案も込めた。

機密事項が多いらしいから伏せといてね!てへぺろ。

現在5事業部。最終的には7事業部作り、7人の理事が担当制で各事業部の責任をもつ。伴奏者として社員と走り抜ける役割だ。来年も売上をあげ、積極的に採用をする。腹から信頼できる人だけを採用し、少数精鋭で社会に切り込み続ける。んでそもそもUbdobeってなんのためになにをしてなにを目指しているんだっけ?

そう、顧問まで付いてくれているんです最近は。監事の行政書士をはじめ弁護士や社会保険労務士や税理士が法人自体に伴奏してくれている。組織をでかくするだけでなくしっかり土台を固めていきたい。適当にやりたくない。緩めるとこと締めるとこをよりはっきりと決めていきたい。それは必ずや組織の成長の礎となるから。

で、俺2025年には代表を交代しようと思っているんだよねー!考古学者になりたいんだよねー!小学校の時に拾い集めた石への情熱が消えないんだよねー!エジプト考古学と縄文の鏃が忘れられないんだよねー!インディアナ・ジョーンズのように研究と教育と冒険の人生にしていきたいんだよねー!Ubdobeは当たり前のように世界中に展開する。だって医療福祉ってテーマは全人類というか全動植物の命に関する分野だから!日本だけで終われない!アメリカもヨーロッパもアジアもアフリカも全部やらないとね!そのためには世界にシンプルにスピーディにスケールさせていけるだけのコンテンツ内容に仕上げていかないといけないのであーる。

最後に僕が常に意識している5つの考え方をみんなへのメッセージとして伝えた。

社員や理事のみんな、伝えたいことは伝わったかな?普段、講演会とかで話している内容よりも具体的に自分の脳内や腹の中を話してみたつもり。話し終わって思ったのは、自分の話よりもやっぱり俺は社員や理事の話が聞きたい。みんながどうやって育ってどのような考えのもと活動するのか。これからなにをしたいのか。

僕らは一つの理念を復唱して全員が同じことをやって同じことを目指すというスタイルではない。

大きなベクトル(方向性)は似ているけど一緒ではない。それぞれの人物がそれぞれのベクトルを持っていて、それぞれが自分のために生きて活動する。その手段が今はUbdobeでの仕事だってだけ。タイミングやライフステージでそれも変わっていく。もちろんずっと一緒にファミリーとして居続けたいとは思う。

そんなファミリーから最後のスライドでどんな酷いことを言われたかは伏せておきます。

2018年もみなさま大変お世話になりました。

2019年はもっと大きく、深く進んでまいります。

大きな声では言えないけれど、認定NPO法人という制度にも挑戦しようと思っている。これを達成するとまた大きく変わると思う。その第一歩として会員を100人にまで増やしたい。認定NPOになるための条件の一つだから。

この国、この世界の医療福祉を取り巻くあらゆる課題を一緒に解決したい、活動はできないけど活動の応援はしたい、ただただ面白そうと思ってくれる人たちには是非ジョインしてほしいと思います。興味ある人はUbdobe Villageを覗きに来てください。

来年も、よろしくお願い申し上げます!!!!


NPO法人Ubdobe 代表理事
岡 勇樹

岡勇樹 a.k.a ゆーく
1981年東京生まれ。3歳から8年間アメリカ合衆国・カリフォルニア州・サンフランシスコで生活し、帰国後DJ・ドラム・ディジュリドゥなどの音楽活動を始める。21歳で母を癌で亡くし、後に祖父が認知症を患ったことをきっかけに音楽療法を学びながら高齢者介護や障がい児支援の仕事に従事。29歳でNPO法人Ubdobeを設立し代表理事に就任。医療福祉がテーマのクラブイベント、障がい児や難病児と創る野外フェス、医療福祉系企業や行政のイベントやデザインのプロデュース事業などを立ち上げる。31歳で合同会社ONE ON ONEを設立し代表に就任、音楽事業とコンサルティング事業を開始。33歳で厚生労働省 介護人材確保地域戦略会議 有識者に選出。34歳で一般社団法人国際福祉機構を設立し代表理事に就任。35歳で東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部 ユニバーサルデザイン2020関係府省等連絡会議 構成員に選出。36歳で日本財団2017年度ソーシャルイノベーターに選出され、デジタルアートとリハビリテーションの融合システム開発を開始。ハードコアとヒップホップ経由のエレクトロニカ好きである。

<WHO I AM(自己紹介 / 過去掲載記事)>
*Salzburg Global Seminar:https://youtu.be/0IHLmu42i7k
*another life:https://an-life.jp/article/778
*greenz.jp:http://greenz.jp/2016/10/18/ubdobe/
*Diamond Online:http://diamond.jp/articles/-/49988
*Helpman Japan:http://helpmanjapan.com/article/1297

<WHAT I DO(事業一覧)>
*NPO法人Ubdobe 代表理事 http://www.ubdobe.jp
*合同会社ONE ON ONE 代表 http://oneononelabel.com
*一般社団法人国際福祉機構 代表理事 http://i-w-a.org
*日本財団2017年度ソーシャルイノベーター https://www.social-innovation.jp
*厚生労働省 介護人材確保地域戦略会議 構成員 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syakai.html?tid=200338
*東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部 ユニバーサルデザイン2020関係府省等連絡会議 構成員 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/ud2020kaigi/index.html


【2019年講演予定】 2018/12/31時点
01月17日(木) 桃山学院大学(大阪)
02月23日(土) 佐賀レッツさがすたいるトーク(佐賀)
03月01日(金) 奄美大島(鹿児島)
03月18日(月) 障大連(大阪)
04月07日(日) Free PT Salon(東京)
05月28日(火) 江戸川総合人生大学(東京)


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