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どうぶつの森の「タヌキ商店」は独占企業なのか?


1. どうぶつの森の「タヌキ商店」とは

「どうぶつの森」は、任天堂が発売する人気ゲームシリーズです。プレイヤーは無人島や村でのんびり暮らしながら、釣りや虫取り、住民たちとの交流などを通じてスローライフを楽しみます。

この世界には、小売業の全てを担う唯一無二の総合商店「タヌキ商店」があります。家具や雑貨など幅広い商品を販売していて、プレイヤーが収集した虫や魚、フルーツなどの買取までしてくれます。店主のたぬきちは住宅ローンの販売も手掛けていて、相当なビジネスの才覚が伺えます。

タヌキ商店

他にも仕立て屋のエイブルシスターズや行商人などは登場しますが、特定のジャンル(服や美術品)しか扱っていなかったり、不定期で島に訪れる存在のため、総合商店としての役割を担っているのはこのタヌキ商店だけです。

2. ミクロ経済学における「独占企業」とは

経済学、特にミクロ経済学では、市場における企業数や参入障壁などをもとに市場構造を分析します。「独占」とは、その市場において事実上1社のみが供給者となり、競合相手が存在しない状態を指します。

独占企業の特徴
・競合の不在:
 消費者はその企業の製品やサービスを利用せざるを得ない。
・強い価格支配力:独占企業は価格や供給量を戦略的に操作し利潤最大化を狙える。
・悪影響: 価格の釣り上げによって消費者に不利益をもたらし、配分の非効率性を生む。

つまり、独占企業には競争相手がいないため、販売価格を不当に釣り上げることができます。さらに、自社の製品やサービスをアップデートする動機が薄いため、社会にとって非効率を生み出すとされています。これを防ぐため、多くの国で独占禁止法反トラスト法が整備されていて、企業結合や価格協定などを規制しています。

3. タヌキ商店は独占企業か?

いよいよ本題です。上記をもとに考えると、タヌキ商店は独占企業といえるのでしょうか。

ミクロ経済学的に見れば、競合がいないので、「独占企業」と呼べる状態です。タヌキ商店は、島のなかで総合小売・買い取りを行う唯一無二の存在で、プレイヤーが虫や魚を売る場合も、新しい家具を買う場合も、ほぼ選択肢はこの店しかありません。

では、現実の独占企業がしそうな「価格吊り上げ」や「サービス停滞」によって、タヌキ商店は非効率を生んでいるのでしょうか。

3-1. 価格が固定されている

現実世界の独占企業は、需給に応じて不当に価格を釣り上げることができてしまいます。しかし、タヌキ商店は価格を釣り上げるどころか、家具や雑貨が品薄になっても販売価格が上がりません。
さらに、プレイヤーが虫や魚を大量に売っても買い取り価格が下がりません。僕が小学生の頃、ローン返済のためにナシを100個ぐらい売りに行きましたが、たぬきちは表情ひとつ変えずに1個100ベルで買い取ってくれました。

いつでも4900ベルの「カントリーなカップボード」

実際の市場なら、需要や供給の変動に応じて価格は上下します。図で表すと以下のようになります。

通常の経済

通常、モノを買う(需要)側は、価格が安いほど欲しいと思う量が増えます。逆に、モノを売る(供給)側は価格が高いほど売りたいと思う量が増えます。これを図で表すと、需要側の思惑を反映している需要曲線Dが右下がり、供給側の思惑を反映している供給曲線Sが右上がりとなります。この二つの曲線が交わる点で、均衡価格P*と均衡数量Q*が決まります。

では、タヌキ商店はどのように表されるでしょうか。答えは以下の図です。

どうぶつの森の経済

タヌキ商店は一定の価格でほぼ無制限に供給ができます。需要がどのように変化しても販売価格が一定ということで、水平の供給曲線Stが描かれます。添字のtはタヌキのtです。

現実の独占企業であれば、自分たちの利潤のために価格や販売数量を操作できるのに、タヌキ商店はそのような操作はしていないようです。

3-2. よりよい製品を提供するために企業努力をしている

通常の経済では、企業は競合他社よりも顧客を多く獲得するために努力をします。逆に言うと、競合がほぼいないタヌキ商店であれば、品揃えの改善や販促活動を怠っても製品が売れるはずです。プレイヤーは、タヌキ商店で売られている家具や雑貨に不満があっても、他の店で買う選択肢がないからです。
しかし、タヌキ商店は積極的に新商品を仕入れたり、季節ごとにセールのイベントを行ったりしています。

なぜかブラックフライデーセールを打ち出すタヌキ商店

目先の利潤を最大にしたいだけなら、こんなことする必要ありません。セールが実施されなくても、プレイヤーはタヌキ商店で買うしかないので…。それにも関わらず、なぜかタヌキ商店は自分たちの利益を顧客に還元しようとしています。

なぜブラックフライデーセールを実施しているのか無理やり考えてみると、タヌキ商店が在庫管理や季節在庫の切り替えのタイミングだった可能性が考えられます。「今ある在庫を一掃したい」という事情があったかもしれません。

もしくは、超長期的に企業(お店)を存続させるための行動だとも考えられます。
どれほど独占状態であっても、まったく顧客に還元しない企業は徐々に信頼を失っていきます。いずれ住民の不満が溜まったり、何らかの予想外のリスク(ネット通販や島外との交流が生まれるなど)が起きたときに備えて、顧客満足度を高めておくのが得策だと判断したのかもしれません。

もしこのどちらでもなく、独占企業としての立場を悪用する考えがそもそも頭にないとしたら、満面の笑みでセールを告知するまめきちは計り知れないほど心が優しいか、壊滅的にビジネスが下手かのどちらかの可能性が出てきます。

4. タヌキ商店は「善良な独占企業」

結論としては、タヌキ商店は独占企業といえますが、その立場を悪用するような経営を行っていないということになります。実際の経済においても、独占そのものは必ずしも違法ではありません。問題なのは、独占的な立場を利用して価格を吊り上げたり、サービスを劣化させたりして、市場に大きな非効率をもたらすケースです。

現実世界ではこのような「悪い独占」から消費者や社会を守るために、独占禁止法などの競争法が存在します。

独占禁止法が規制していること(一部)
・私的独占
競合を排除し、市場支配力を確立したうえで、価格や供給量を恣意的にコントロールして不当に高い利益を得る行為。
・カルテル
同業者同士が協定を結んで価格をつり上げたり、販売数量を調整したりする行為。価格競争を形骸化し、消費者に高い価格を押し付ける。
・入札談合
公共事業などの入札で、複数の参加企業があらかじめ落札予定者や落札価格を決めて談合する行為。

など

タヌキ商店は、価格をつり上げることもなく、非効率な独占による被害も見当たらないという意味では、「善良な独占企業」という結論になります。

つまり「どうぶつの森」の世界では、法律による規制でなく、島民のモラルと優しい心によって社会が成り立っているということです。現実もそうだったらいいのに。

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