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遺体と死体の違い

※鬱の人はご注意ください。無理して読まなくてもいいよ。お大事にね。
※書いてお焚き上げさせてください。

新年早々、縁起でもないことを書く。
「そんなこと書かなきゃいいだろう」と思う人もいるかもしれないが、書かずにはいられない。文章書きの性(さが)である。

魚住は東京23区の端っこにある、昭和40年代に建てられた古い団地に住んでいる。
5階建ての5階。建築基準法が変わる前に建てられたのでエレベーターはない(現在の建築基準法では、4階建て以上の建物にはエレベータを付けなければならない)。その代わり、家賃が安いので、せっせと5階まで昇る毎日だ。

同じように考えている住民が多く、引っ越さずに住民はどんどん高齢化していく。階段を昇るのに一苦労するお年頃ばかりになってきている。

若い夫婦はさっさと引っ越していくし、空いた部屋には若者は入居しない。

ちょっと想像してほしい。
最近めっきり聞かない単語だが、「五軒長屋」があるとしよう。
狭い路地を挟んでその向かい側にも「五軒長屋」があったとする。

その、向かい合わせに並んだ「五軒長屋」2本をいっぺんに、巨大なウルトラマンかなにかによって、タテに突き立てられちゃったとしたら…。
そして、それをたくさんくっ付けちゃったのが団地なのだよ(変な説明(笑))。

団地のオーナーは現在、UR都市機構である。UR都市機構は、国土交通省所管の独立行政法人なので半分ぐらい国の持ち物みたいなもんだ。

最近は、歯抜けのように空いた部屋を、日本語学校がまとめて借り上げている。その部屋を、日本語を学びに来た外国人留学生のための寮にして住まわせているのだ。シェアルームですな。

外国人留学生の若者はアジア系外国人がほとんど。
中国、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン、モンゴルなどの若者たち(韓国や台湾、香港から来ている留学生は事前情報を得やすいらしく、もっとキレイな部屋に住み、このあたりにはあまりいない)。

この団地に住む彼らは100%、日本のマンガやアニメなどが好きで来日している。
だから、ゴミの出し方なんか知ったこっちゃないらしく、ゴミの分別も曜日もまったく無頓着で、カラスが荒らして大問題だった。

誰か、ゴミの出し方を教えてやるヤツはいないのか!

「SPY×FAMILY」のアーニャが教えてくれれば一発でおぼえてくれるだろうに!
「呪術廻戦」の五条悟でもいいからお願いだよ!

魚住はお節介にも、管理事務所に行って、「各棟の入口全部に、ゴミの分別と曜日を上記の各国主要言語で明記して貼るべし!」と進言して、それが実行されたので事なきを得たのが2024年の晩秋のことであった。

さて、舞台は古い団地だということが分かっていただけたことと思う。

2025年1月5日のことであった(つい数日前)。

スーパーに買い物に行くために階段を降り、棟の入口(4つあるうちの1つ)から出たところで、4階の右の部屋に夫婦で住むIさん(60代男性)がいて、新年の挨拶をしているところに同じく4階の左の部屋に家族で住むKさん(60代女性)が買い物から帰ってきたので、改めて新年の挨拶を3人でしたのである。

ここまでは普通のお正月の風景。

Kさんが眉間に深いシワを寄せて、正月とはほど遠い表情で低い声で話し出した。

「知ってる?死体が出たんだよ」

私とIさんは新年早々、不吉な単語にフリーズした。

「どういうこと?どこの話?」

「うちの部屋の下。3階に住んでた人が死んでたんだよ!」

「ええっ!知らなかった!なんで?」

「詳しくは分かんないけど事件じゃない。病気だと思う。問題はさ、死因じゃないのよ」

「その部屋に住んでたのはおばあさんだっけ?」

「私は会ったことないと思う。お裾分けにチャイム鳴らしても出てきてくれたことなかったし、階段ですれ違えば挨拶はしてるハズなんだけどな」

「その人、一人暮らしだよね?」

「だからね、死んだのに誰も気がつかずに、ものすごい日にちが経ってたらしいんだよ!」

「あっ!」

そういえば階段を降りる途中、3階の部屋のドアが目に入って「あれ?」と思っていた。ここ1ヵ月ぐらいのことだ。

閉めた玄関ドアの隙間にガムテープがびっちり貼ってあった。

うっかり八兵衛のごとく、「これ、何だろう?」とぼんやり通り過ぎる時に、強烈な悪臭を感じた。
マスクをしていても不織布を貫く鋭い悪臭。
一度嗅いでしまうと、永遠に記憶に残ってしまうほどの悪臭だった。

その時は、「ゴミを溜めに溜めてゴミ屋敷になっちゃって臭いが漏れるからガムテでふさいでるのかな」と思っていたのだ。

「死んでることに誰にも気づかれずに、長期間経っちゃってたから、虫が湧いたんだって!」

「可哀想だね。でも、しょうがないよね。家族がいないんじゃ」

「うちはすぐ下だからさ。業者が処理してくれてもとにかく臭い!迷惑かかるからどうにかしてほしいよ」

「私も一人暮らしだから、考えておこう。私も死んだら誰にも気づかれない可能性が高い。まずはSNSで生存確認してもらうとかした方がいいかな」

「そうしといて、よろしく!死ぬと迷惑だから!」

Kさんはよっぽど悪臭が嫌だったらしく、私にまで嫌な物言いをして去っていった。

まるで死ぬの確定みたいな言い方……。まぁ、確かにいつか死ぬけどさ。

でも、個人的には「家族と暮らしていようが一人暮らしでいようが、死ぬ時は一人で死んでいくし、三途の川も一人で渡る」と思っている。
だから、「一人で死ぬのは寂しいから誰かと暮らす」なんて選択はしない。

ただ、肉体が腐敗するのはとてつもなく怖ろしい。

Kさんだって、普段は気のいいおばさんだ。
あんな物言いはしない。よっぽどの悪臭だったのだ。

そう!それだ!思い出した!

30年程前に、「SPA!」(扶桑社)のライターをしていた頃に「死体ブームの謎」という奇天烈な特集企画があって、断れずに嫌々参加した。魚住はホラーもスプラッタも大嫌いだ。テレビドラマの手術シーンでメスが出てきただけで、目を伏せるぐらい、刃物と血のセットが嫌いだ。斧とかチェーンソーとか振り回してるアメリカの映画なんか絶対無理!

その際に、当時の担当編集から「元戦場カメラマンで(当時は)共同通信社のお偉いさんにインタビューしてこい」と言われたのである。

戦場カメラマンというと一番メジャーなのが、「ゆっくり喋るのでおなじみの帽子をかぶった戦場カメラマン」だと思う。穏やかで優しそうなイメージだが、その人は真逆だった。30年前なのでコンプライアンス無視のおっさんだったが、その話はまた別の機会に。

そのおっさんが言った言葉は、30年経った今でもおぼえている。

「家族や友だち、親しい人が死んだら悲しいだろう。大切な人が死んだら、それは『遺体』だ。その亡骸に取りすがって泣くだろう。でもな、大切な人の『ご遺体』が『死体』という物体に変わるのはどんな瞬間だと思う?」

「わかりません」

「それはな、腐敗が始まって、腐敗臭がし出した時だ。だから、その臭いがする前、腐敗が始まる前に火葬するんだよ!」

なるほど(でも、腐敗臭が気にならない人もいるかもしれないじゃないか)。

遺体は、魂が旅立って「遺された体」だ。

死体は、生物として「死んだ体」。もう物質なのだ。

私は、3階自室で亡くなっても気づかれなかった人の話を聞いて、一番悲しかったのは、

「自分が普通に生活を送っているなかで、同じ屋根の下で、一人で、静かに、その命がロウソクの炎が消えるように亡くなっていた人がいる」ということだ。

自分が何をしている瞬間だったのだろう。
寝ている時?
テレビのバラエティー番組を見ている時?
料理を作っている時?
お風呂に入って鼻歌を歌っている瞬間?

魚住は霊感がないから、もし報せに来ていたら気づかない。
ごめんなさいね。

それを考えて、お正月5日から悲しくなってしまった。
会ったこともない。おぼえてない人。
でも、同じ屋根の下、同じ長屋(団地)の住人。

どんな人生だったのだろう。
亡くなって思い出してくれたり、悲しんでくれた人はいたのだろうか。
楽しいことはどんなことだったのだろう。

そんなことを思うと、涙が出てくる。
それを考えて、眠れなくなってしまった。

2024年の年末に、中山美穂さんが急逝された時も「まだお若いのに…やりたいことがまだたくさんあっただろうに無念だろう」と可哀想で涙が出てきた。

私は神や仏がいるのか、死後の世界があるのか、転生はするものなのかどうなのか、人生が何周目かとか、違う世界線とか全部どうでもいい。いてもいい。あってもいいし、その逆になくてもいい。

ただ、腐敗したくない。ただそれだけだ。
でも、有機生命体である以上しょうがないだろうな。

生存確認のために「X(旧Twitter)」はマメに更新しようと思う。

この冬、認知症の母が施設に入所することになった。
弟からこの話を聞いて、また暗くなってしまったが、弟には感謝している。

入所日が決まったら、母に会いに行こうと思う。
まだ私のことをおぼえてくれているといいな。

魚住のアカウント
https://x.com/uozumihinata


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