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ボクっ娘のなれの果て、還暦を迎える。003:私の冷蔵庫は左きき

物持ちが良い方である。上京した翌年(1981年)に5000円で購入した炊飯ジャーは2013年頃まで使っていた。昔の家電は壊れないよう頑丈に作られていた。もちろん、大切に使う。だから10年も経たないうちに壊れる家電は消耗品のようでガッカリする。でも、うちの子(家電)は頑張り屋さんが多いから安心だ。

20代の頃、家具や家電に名前を付けていた。愛おしくて、みんな百年経ったら「つくも神」になるかな。私自身が百年はもたないだろうから、この子たちもつくも神にはなれないだろうけど。

付喪神、つくも神(つくもがみ)とは、日本に伝わる、長い年月を経た道具などに神や精霊(霊魂)などが宿ったものである。(ウィキペディアより)

最近、コロナ禍でずっと家にいて、ラジオや音楽の音が途切れると、どこからかキーンという耳鳴りのような音が聞こえてくるようになった。音をつたっていくと冷蔵庫から出ている。
冷蔵庫の前で思わずつぶやく。
「キミか? どうした?」

この冷蔵庫を購入したのは2000年頃のこと。その前の冷蔵庫が壊れた時のことをおぼえている。ある日突然、冷やせなくなって、冷蔵庫内の食品がダメになった。
慌てて新宿にある家電量販店に買いに行って、この冷蔵庫に出会ったのだ。
何の変哲もない一人暮らし用の2ドア冷蔵庫(日立)。上の部分が冷蔵で下の引き出し部分が冷凍庫だ。この冷蔵庫は同型の冷蔵庫に比べて若干安かった。何故かというと、この冷蔵庫はドアの開きが左きき用だったから。

私は右ききだったが、安さに惹かれて何も考えずに飛びついた。そして、ドアを開ける方向に慣れるまで結構時間がかかったのである。

私はこの子に名前は付けやしなかったが、この子は頑張って20年間もってくれた。故障も不具合も一度もない。さすが国産!さすが日立である。

その子が変な声を出し始めた。でも、ちゃんと冷やしてくれてるし、凍らせてくれてるし、その力も弱ってない。まだ、買い替えることもないかな。こういう買い替えって家電は察して、へそを曲げて壊れるっていう話をよく聞く。そういう話自体、なんか日本人ぽくて好きだけど(笑)。

だからね、悟られないようにこっそり量販店を「ついでに」のぞいてみる。すぐには買わないよ。ただ、どんな冷蔵庫がどんなお値段で並んでいるか、何となく見ておくだけ。スーパーの4階に入ってる家電量販店に、牛乳を買いに行ったついでにのぞくだけ。裏切るわけじゃないよ。そんな言い訳を心の中で呟きながら…。

店員のおにいさんは、私の冷蔵庫の話を聞いて驚いたようだ。
「20年間、一度も故障したこともなく今も使えているなんて奇跡ですよ!」
そんなにすごいことなんだ…。うちの子すごいな…。
もっても10年らしい。それもすごいことのようだ。
逆に「こんなに高いのに、そんなにもたねーんだ!」と思う。

私は次に買う冷蔵庫も20年もたそうとしていた。
「私、来年還暦なんすよ。私自身がもって、あと20年じゃないすか!
こんな言葉に店員さんも「そうですね」とは言えないのか(言えねーよw)絶句してしまった。
私としては「終の棲家」ならぬ「終の冷蔵庫」のつもりである。

ここ数年、私は仕事の関係や健康面のこともあって、かなり自炊に力を入れており、一人暮らしサイズの2ドア冷蔵庫が小さく感じられていた。本当に食材が入りきらない。あと、酒瓶も入らない(笑)。だから、ちょっとだけ贅沢して今までよりも少し大きなサイズの冷蔵庫にしてみたい。ファミリーサイズは大きすぎるので中間ぐらいなサイズ。憧れる!

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そして、私が持ってる家電情報は、新型コロナ禍以前のものだった。
・白物家電は、冬のボーナス前で、新型製品が発売される前の、10月ぐらいが、型落ちして安くなる(だから、今日は様子見だけで、10月に買おうと思っていた)。
・安くて、最近売れている家電メーカーのHaier(ハイアール)やAQUA(アクア)は中国資本、韓国資本。でも、技術は日本の三洋電機(なるべくなら資本も技術も国産メーカーのものを買いたい)。

店員のおにいさんが教えてくれた最近の家電(冷蔵庫)情報をまとめる。
・現在、新型コロナの影響で工場があまり稼働していないので、モノが足りていない。10月に壊れてから希望の冷蔵庫を買おうとすると数カ月待つことになる。「白物家電がお買い得の時期」などの業界で有名な常識はもはや通用しない。壊れる前に買い替えた方が安全。
・技術は日本の三洋電機なのにHaier(ハイアール)やAQUA(アクア)製の家電は何故安いかというと、出荷前にする製品検査を徹底的にしていないから。個体によっての当たり外れを覚悟しなければならない。

日本は戦後、ものづくりで経済的にものすごく伸びてきたが、その要因に「品質管理」がある。最近は工場でやっているのかどうか知らないが、「QC(Quality Control)サークル活動」という。とても大切な工程である。何故知っているかというとアルバイトしている時に「QC活動」をさせられたからだ。みんな面倒臭そうだったが私はおもしろかった記憶がある。

QCサークルは、同じ職場内で品質管理活動を自発的に小グループで行う活動である。全社的品質管理活動の一環として自己啓発、相互啓発を行い、QC手法を活用して職場の管理、改善を継続的に全員参加で行うものである(TQC用語辞典に基づく解説)。基本的に日本でのみ行われる手法であり、欧米・日本を除くアジア諸国等全世界的に見れば、QC専門家によるトップダウン型のQCストーリーを持つQCチームが一般的である。(ウィキペディアより)

とにかく、日本のメーカーの品質管理は徹底している。その分、商品価格は高い。でも、故障は少ない。故障してもアフターケアがある。でも、近年はすぐに買い替えてもらえるように製品を作っている流れもあるという。

話を戻そう(「ぺこぱ」じゃないよ)。
さぁ、どうしよう。散々迷ったが結局一旦帰って考えることにした。大きなお金を使う時って考えているうちに「今回はやめておこう」になることが多い。あとで店員のおにいさんに聞いたら彼も「これは買わないな」と思ったらしい。

ところが帰ってから、頭の中は新しい冷蔵庫のことだらけになった。
「アレもコレも入れられる」「野菜室なんて初めてだ」「作り置き料理ができるかも」「冷蔵庫の中をこういうふうに整理整頓したい」「日本酒やワインの瓶が入る」……ワクワクしてきた。

そして、ついに「8月中に購入されたら1週間以内にお届けしますよ」という店員さんの言葉を思い出し、ちょっとだけ大きいサイズの3ドア冷蔵庫を買ってしまったのである。

新しい冷蔵庫が届けられる前夜、20年間使ってきた冷蔵庫の中も外もキレイに拭いて掃除した。食品類はすべて発泡スチロールの箱に氷とともに入れる。全部キレイにし終わって、コンセントを抜いた時に涙が出てきた。すごく寂しくなってきた。

この左ききさんに慣れるまで、時間がかかった。今や、右きき開き冷蔵庫の方が開けづらくなった。
上京後40年間で12回引越しをしたうちの5回をともに移動している。
書籍企画が通った出版社がある日突然倒産して、半年間の苦労が水泡と化し、台所の片隅で泣いた時も、この左ききさんは見ていた。
経済的に苦しくなって都落ちした時も田舎に一緒に引っ込んだ。
田舎でどうしていいかわからなくなって苦しんでいた時も、ようやく立ち上がって45歳で初めて小説を書き始めた時も、東京に戻ろうとお金を貯めるために田舎の飲料工場で毎朝5時起きでお弁当作って働いていた時も、初めて書いた小説が「最終選考に残りました」という電話を新潮社からもらった時も……あの時もあの時もあの時も!この冷蔵庫はいつも一緒だった。いつもそばで見ていてくれた。

ありがとう。20年間、本当にありがとう。

苦楽をともにした私の左ききさん用冷蔵庫は、業者さんに運ばれていった。新しい冷蔵庫が運び込まれる少しの時間、あの子がいた場所を拭き掃除しようとしたら、床が黒く汚れている。冷蔵庫から黒っぽい液体が漏れていた。
ああ、あの子も限界だったんだ。どこか壊れかかっていたんだ。
休ませてあげてよかったんだ。

ご苦労様でした、私の左ききさん……。
さようなら。安らかに……。

―362日:還暦カウント

BGM by 麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」(1973年)


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