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天の誘い/立原道造(1939)
【詩】天の誘い/立原道造(1939)
死んだ人なんかゐないんだ。
どこかへ行けば、きつといいことはある。
夏になつたら、それは花が咲いたらといふことだ、高原を林深く行かう。もう母もなく、おまへもなく。つつじや石楠(しやくなげ)の花びらを踏んで。ちやうどついこの間、落葉を踏んだやうにして。
林の奥には、そこで世界がなくなるところがあるものだ。そこまで歩かう。それは麓をめぐつて山をこえた向うかも知れない。誰にも見えない。
僕はいろいろな笑いひ聲や泣き聲をもう一度思ひ出すだらう。それからほんたうに叱られたことのなかつたことを。僕はそのあと大きなまちがひをするだらう。今までのまちがひがそのためにすつかり消える。
人は誰でもがいつもよい大人になるとは限らないのだ。美しかつたすべてを花びらに埋めつくして、霧に溶けて。
さやうなら。