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想いの丈を綴る、ということ。


 今日の空は青くてキレイで、ぽっかり浮いている雲が何だかいい感じだよ、とか。

 読み終えた本が心に響きすぎて、切なくてパンクしそう、とか。

 朝ごはんに食べたトーストが、とてもおいしかった、とか。

 心が揺さぶられる歌に出会ったよ、とか。

 今夜の月はとてもきれいだよ、とか。

 映画を観終えて、余韻に浸ってぼんやりしている、とか。

 理由はないけれど、さみしくてしかたがないんだ、とか。

 何でもないときに投げかけてくれた一言が、わたしにとっては宝石のように輝いているものだったよ、とか。

 あのとき、一緒にいてくれて嬉しかった、とか。

 唐突に、「しあわせだなあ」という気持ちが溢れて、世界が違って見えるんだ、とか。




 そういう想いを、どうにかして目に見えるカタチにしたくて、どうにかして、誰かに伝えてみたくて。だから、わたしは言葉をこねくり回して、紡いで、綴っている。


 言葉というカタチにすると、「本当に感じている心」よりも、「足りない」と思ってしまうことも多いし、言葉にすることで、想いに味付けをしてしまう気がすることも多いのだけれど。


 でも、どこかの誰かに届けば、これほど嬉しいことはない、と思う。


 言葉は万能じゃないけれど、しあわせをお裾分けすることができるものだと思うし、誰かの支えになることだってあると思う。


 誰かのためだなんて高尚な理由のために、言葉を綴っているわけではない。わたしはわたしが好きだから、言葉を綴っているに過ぎないのだから。


 でも、こうして紡ぎ出した言葉が、思いも寄らないところで、誰かのためになることは、あるかもしれないと思うから。

 そして、そういう「ふいに出会った言葉」は、その人にとっての大切なカケラになることもある、と思うから。

 わたしがそうであったように。


 だから、わたしは言葉を綴る。今までも、たぶん、これからも。



 「いつもありがとう」。

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卯岡若菜
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