フェミニズム、というよりも
叔母は高卒だ。一方で、ひとつ年上の兄であるわたしの父は、地方から上京し私立大学に4年間通った。叔母は勉強が好きなわけではなかったらしいけれども、聞いた話では「兄ちゃんを希望大学に通わせてあげてよ。わたしは高卒でいいから」と祖父母に言ったらしい。
父・叔母が育った家庭では、精神的に調子を崩して仕事を辞めた祖父に代わり、途中から祖母が大黒柱を担っていた。けれども、そんな当時では珍しかったかもしれない家庭であっても、父は「男として」「長男として」、叔母は「女の子として」育てられてきた節が強いように感じる。叔母の発言も、そうした意識から出てきたものではないかと、わたしは思っている。
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わたしは「女の子だから学歴はそんなに重視しなくてよし」と育てられはしなかった。むしろ、父はゴリゴリの学歴重視な価値観だった。成績を重視されることによる窮屈さもあったけれど、曽祖父にまで「よく学ぶように」と言われたわたしは、ある意味で恵まれていたのだとも思う。
ただ、その一方で、娘が働くことに対して父はあまり口を挟まなかった。娘が、というよりもわたしに対して、だったのかもしれない。(わたしには妹がいるが、妹に対しては特段そういった発言はなかったように思うから)
「若菜は社会でやっていけるメンタルの持ち主じゃない」とよく言われていた。わたしが大学を中退し、ありつけるかもしれなかった正社員の仕事を本採用前に辞退したときにも、「無理して働かなくていい」と父は言った。
「そんなこといったって、いつまでも親の庇護下で生きていけるわけじゃあるまいし」と当時のわたしは思っていた。母もそうだ。母は中退したときも、仕事を辞退したときも、心底残念がっていた。そして、おそらく娘の将来を心配していた。それはそれで娘として心苦しさを感じてもいたのだから、親というものは本当に大変だなあ、と親になった今思っている。
父が母ほど心配しなかったのは、娘を信じていたから、ではないように思う。「若菜は母さんみたいに、結婚して家庭を守ればいい」と思っていたようなのだ。そして、わたしには幸いといっていいのか、大学在学中から付き合っていた彼氏がいた。今の夫だ。
相手がいる、というその一点で、父はいくらか安心していたのではないかと思う。あてにしていた、と言い換えてもいいかもしれない。そして、その“あてにしている感”に、わたしは少なからず反発心を抱いてもいたのだけれど。
結局、わたしはその後フルタイムバイトで繋ぎ、就職活動をするも受からず、そのまま結婚、上京、出産をする。夫はもともと男が大黒柱、女は家庭の分業制価値観の持ち主だ。その価値観に特に反対する気持ちもなかったため、一人目を妊娠するまではアルバイトを、二人目の子どもが生まれてからもパート程度の稼ぎでいいよね、とわたし自身も思っていた。
今、わたしがフリーランスでフルタイムと変わらない働き方をしているのは、だから行きがかり上だ。夫が転職し、収入が減り、だけど子どもがいる分支出は増える。だから必然的にわたしも働く必要が生じた。
ただ、夫が好きな仕事に転職したこともあり、家計の補填だけのために働くのはつまらないし悔しいなと思ったから、好きであり苦にならない書くことを仕事にした。そうして、少しずつ仕事を広げてきた。それだけだ。
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言ってしまえば“意に反して”共働きになったのだけれど、そのことに対して何ら不満はない。何とか4人が食べて暮らしていければOK、働き手がふたりなら片方にかかるプレッシャーも稼ぐべき金額も下がるね、ラッキーだね……くらいにしか思っていない。
ただ、夫は違った。夫は自分が家族を養っていきたかったし、養えることに自分の価値を感じていた、らしい。だったらはじめから年収減の転職をするなよという話になるのだけれど、そこのところをどこまでどう取捨選択したのかは、今もってよくわからない。
父もまた、自分が大黒柱であることを必要としていた。そのことに気づいていた祖母は、父が精神的に病み無職になったときも、母に「ギリギリまで働きに出ないほうがいい。父の支柱を折ってしまうかもしれないから」とアドバイスをした。(そのアドバイス通り、父は「家族のため」と奮起し、再就職を果たした)
また、やむなく母がパートに出る必要が生じたとき、父は母に頭を下げたとも聞いている。父のなかで、家族を養うべきは自分だった。
母が働くかどうかを母ではなく父がメインで決めてきたのか……と思うと、母はどう思っていたんだろうと考えてしまうところはあるのだけれど、定年まで数年を残す今、会社で限りなくいいポジションまで出世した父に対し、「本当によくがんばったと思う。支えた甲斐があったんだなと思える」と言っていたから、ifはあっても母なりに納得はしているのかな、と思う。(出世がすべてではないけれど)
母は結婚前にひたすら悩んだのだと聞いた。そして、その時点で正社員として働く道を手放している。母は母で、「仕事と家庭との両立は自分にはできないと思った」と答えを自分で出していた。だから、ifはあっても後悔はないのかもしれない。
こうした父と母の元で育ったから、夫の気持ちもわからなくはない。ただ、夫の場合はその想いがある一方で、そこまで「稼ぐため」に振り切れない価値観、感情があり、その差に苦しんでいる気がするのだ。
「自分が稼がなければ」が自分の意思ならば、働き続ける気持ちの支えになるだろう。しかし、「男だから」が背景に色濃くあり、そのせいで生まれた「稼がなければ」の場合、かえって自分を生きづらくさせる枷になってしまうような気がしている。
何事も、「こうしたい」欲と実際の適性とは異なる。男性だからといって、大黒柱が向いている人ばかりではないだろう。家事育児に向いていない女性だっているのだから。
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フェミニズムという言葉をよく見聞きするようになった。ただ、よく目につくその言葉は、どちらかというとネガティブな印象が強い。だから、わたしは自称しづらいなあと感じている。
というか、専門的に学んでいるわけでもない立場だから、自分がどうか自体わかっていないし、あまりきちんとしたことも言えない。けれども、結局のところ「わたしもあなたも、肩の力を抜いて自由に生きられる社会がいいよね」と言いたいだけなんだよなあとは思っている。
「男だから」「女だから」「男らしさ」「女らしさ」は、自分にとって苦しいものばかりではない。そう思うことで気分が上がることだってあるから。一方で、誰かにとっては枷でしかない場合もある。そこはもう個人差なのだから、性別云々ではなく「わたしもあなたも楽に生きられたらいい」なのではないかなあと思うのだ。
なお、「わたしが楽になるためならば、他人に一方的に負担を強いてもいい」とはならない。あくまでも、「わたしもあなたも」、要するに「みんながそこそこ楽に」だ。
とはいえ、場合によっては自分が楽になるためにパートナーの助けが必要になることもある。そこはふたりで話し合えばいい。片方が大黒柱を担うことにしんどさを感じたり、現実的に厳しさがあるのならば、仕事・家事・育児を分け合ったらいい。(単に仕事だけを分割すると、家事育児の重荷を背負うほうが倒れます、悪しからず)それが支え合える相手がいる意味だろうと思う。
よく「男だからってだけで下駄を履けてきた」と聞く。事実なのだと思う。ただ、その下駄を心地よく違和感なく受け入れてきた男性ばかりではない気もしている。何なら、ハイヒールを無理に履かせられているかのような不快感に耐えてきた男性だっているかもしれない。
まあ、一番反発しているのは従来の縛りのある価値観のおかげで楽だと感じていた人と、「おまえも同じ苦労をせよ」派の人たちなのかなとも思うから、そこが難しいところなのだろうけれど。
でもさ、他人に重荷を押し付けた上の「楽」は、本当の楽じゃないと思う。それは、成り立っていない歪な「楽」さだよ。
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叔母や父が「女の子だから」「男だから」と育てられてきたことに、どこまで悔しさや苦しみを感じてきたかはわからない。世代もある。
けれども、どんどん男女による枷から自由になっていこうとしている今やこれからは、どのような性であれ「何が不快で、どうするのが生きやすいのか」を個々で考え、尊重できるようになるのが一番だ。そもそも、男女だけで性を語る時代ですらなくなっているのだから。
今が十分生きやすい人は、そのままハッピーに生きればいい。別にそんなあなたから何かを奪おうとはしていない、はずだ。少なくともわたしは奪いたいとは思わない。ただ、一方的に誰かに大変さを強いた結果であるならば、話は別だけれどね。
ちなみに、肝心の夫にはどうにもこうしたことが伝わらない……というか、やはり「そんなこといっても男だから」が根強いなあと感じているのが残念だし歯痒いし、だから我が家はなかなか前進しないんじゃないのか……とも思うのだけれど、まあそれは今は置いておく。
また、どうしたって産む性は女だから、産む期間の生活費問題はどうしてもある。男性が産めるとか、卵で産めるなんていう未来がこない限り、それはもう、生物的に仕方がないことだ。
でも、「だから従来式がベストだよね」と決めつけるのではなく、個々人や家庭がベストな形を考えて実行しやすくなっていけたらいい。人様の家庭のあり方にケチをつけるのはやめようよ。誰かの家庭があなたに一方的に深刻な傷をつけることなんて、そうないでしょう?
生きづらさの原因を少しでも手放して、変化を受け入れる。先入観やこれまでの常識ではなく、自分や「わたしとあなた」の選択をし、決断を下していく。そんな風に生きていきたいし、子どもたちが生きる未来を今よりも生きやすいものにしていけたらなと思うのだ。