“窮地の産物”に思いを
今月25日、日清食品から2つのカップラーメンが新発売された。いずれも「有名店シリーズ」の続編となる新商品で、お湯かけ5分で元祖京都ラーメンの味わいが楽しめる。
1.「まんぷく」を思い出す
カップ麺と聞いて、NHK朝の連続テレビ小説「まんぷく」が記憶に新しいという人も多いのではないか。インスタントラーメンを世界で初めて開発した男、安藤百福と彼の妻をモデルにした物語だ。舞台は食糧難が社会問題となっていた、戦後すぐの日本。厳しい時代の実話をもとにしたリアリティさと夫婦の強い絆が、ストーリーの見どころとなっている。
インスタントラーメン開発までの軌跡は、決して平坦な道のりではなかった。
1946年冬、疎開先から大阪に戻った百福は「衣食住というが、食がなければ衣も住もあったものではない」という思いを抱くようになり、食品事業を手掛けることを決意。自宅近くにあった軍需工場跡地の払い下げも受け、跡地に置かれていた鉄板を用いて製塩業や漁業を営んだ。1947年には名古屋で開校した中華交通学院の理事長を務めるなど、人一倍汗を流して働いた。
そんな最中、彼は脱税の容疑でGHQに嫌疑をかけられ、4年間巣鴨拘置所で過ごすことになる。さらに、出所後に就任した信用組合は程なくして破綻。百福は破綻の際に、小豆の買い占めに組合の資金を流用したとして背任罪に問われ、執行猶予つきの有罪判決を受けたりもした。
2.即席めん誕生の瞬間
そんな彼が50代を目前にしていた頃、大阪府池田市の自宅敷地内に小屋を作り、かねてから構想を抱いていたインスタントラーメン(即席めん)作りに取り組んだ。
おいしくて飽きがこない。保存性がある。調理に手間がかからない。安価である。安全で衛生的。彼はこの5要件を満たすものを作り出すために、早朝から深夜まで小屋に籠り、インスタントラーメン作りに取り組む生活を1年間続けた。
彼の開発に向けた懸命な努力のみならず、これまでの様々な人生経験も功を奏し、1958年8月25日に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売された。1948年に「中交総社」として設立された百福の会社は、その発売年から「日清食品」として引き継がれた。そして1971年、世界初のカップ麺「カップヌードル」が誕生した。以来、家庭の食卓を支え続け、昨年には発売50周年を迎えた。
3.実はこれも日本発祥
また、こうした日本発祥のものは、意外と身近に多くある。この時期によく使う“ビニール傘”も、実は戦後すぐの日本で考えられたものなのだ。
下町情緒が色濃く残る浅草の一角に、世界で初めてビニール傘を開発した「ホワイトローズ」がある。創業は江戸期の1721年。「武田長五郎商店」として始まり、4代目で雨具商に、5代目で大名行列の雨具一式を作る幕府御用達となり、7代目で和傘問屋として各地に販路を広げるまでに拡大した。
こうして順調に業績を伸ばしていたが、第二次世界大戦がその歴史を変える。当代・須藤宰氏の父が、抑留先のシベリアから帰国したのは昭和24年。戦後4年で他の傘メーカーが復興し、同社が入り込む余地がなくなったのだ。
小学館のwebメディア「和樂Web」のインタビューに、須藤氏は「窮地の中で父が生み出したのが、傘にかぶせるビニール製の傘カバーでした。当時の傘は綿が主流で防水性が悪く、色落ちして衣服が汚れるという欠点があったのです」と語る。これこそが、ビニール傘の誕生の瞬間だ。
“窮地の産物”に思いを馳せて
その人その人に生まれがあり育ちがあるように、ものにも必ずルーツがある。絵文字にオセロ、カーナビにカッターナイフなど...日常をもう少し高い解像度で見てみると、日本発祥のものが意外と多いことに気づかされる。
梅雨の雨に打たれて、人々は今日もビニール傘を開く。そして雨の日に冷えた体を温めてくれるのは、カップラーメンだ。どちらも戦後、波乱の時代に生まれた、“窮地の産物”だ。ビニール傘を開くときに、カップラーメンを味わうときに、先人たちの苦労の結晶に思いを馳せてみてはいかがだろうか。
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2022年6月26日
〈出典〉
▽日清食品の新商品について(日清食品ホームページ)
https://www.nissin.com/jp/news/products/
▽「まんぷく」について(エンタメファン)
https://www.homemate-research.com/bc183/entame-fan/127
▽安藤百福について(日清食品ホームページ)
https://www.nissin.com/jp/about/chronicle/
▽安藤百福について(カップヌードルミュージアムホームページ)
https://www.cupnoodles-museum.jp/ja/osaka_ikeda/about/
▽ビニール傘の歴史(和樂Web)
https://intojapanwaraku.com/craft/44711/
▽実は日本発祥のもの(Japan Wonder Guide)
https://japanwonderguide.com/blog-japanese-inventions/