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「もうすぐしぬかもしれない。」確かな手応えを感じたとき、自分は何を考え、動くだろう。 と、考えてみた。

サボテンすら枯らしてきた、他生命体の敵のようなヲレが
今、野菜を分けて頂いている農家さんの畑から切って持ってきた青紫蘇を
店の前で育てている。

育てている、は彼等(青紫蘇)にとっては不本意かもしれない。

ハサミでチョン切られて、勝手に連れてこられて「それでも」生きよう、とした彼等は、
水に活けていただけなのに、一週間もしないで逞しく根を生やしだして
その逞しさにヤられたヲレが、100均に走らされて、植えられるキットを誂えただけ
彼等は「自力」で、ヲレの杜撰な対応の中、荒木町の空の下で逞しく生きている。

彼等は、彼等の強い意志で「生きる」という選択をしている。それだけ

タイトルがなんか重い感じなのだけれど、
言いたいことは、概ね青紫蘇に言ってもらったソレ。

なんでいきなりnoteはじめてすぐ、こんな話するか、というと
先日、尊敬する先輩にあって、久方振りに少しだけだが話をする機会を持ったとこに端を発する。

「今、全く余裕がないの。」

いつも多くの人々を笑顔にし、励まし、先頭切って場を盛り上げ、
所謂「頑張ってしまう」先輩
彼女の笑顔とタフさに、ハンパもんの自分はどれだけ励まされ
自分の愚かさ、拙さ反省させてもらったか

冷静に「余裕がない。」とちゃんと言える(言ってくださった)のと
最近音沙汰がないのも気になっていたので
「どないされてたんですか?何なら言うてください」と

その話は「ヘタすると死ぬ」ってとこまでいった。というハナシ
(補完しておきますが、身体的不測の事態、というやつで
 組織に追われてるとか、人としてヤバいことした、とかじゃないですので)

「何かあったら近いうちに死ぬかもしれない」という状況

そういう状況で、彼女は今、日々を
今までと変わらぬように、生きている。

なかなか平素置かれないこの状況になった時、自分ならどうする?と考えた

少し話の筋が変わりますが。

最近、言うべきことを伝えて、闇討ちのような嫌がらせや危害を受けたり(器物破損、騒音など)
お互い合意したことを反故にされ、言うべきを伝えて改善しない相手と対峙したり
「そういうこと」にアタマとココロと胃袋(神経性胃炎)と時間を使っていた自分が居るんです

例えば「明日死ぬかもしれない」と思ったら、
ソコに、アタマとココロと(以下略)つかうか?と

もう、時間はない。
自分がどんなに頑張っても、「そのいらへん」で自分は、やりたいことできなくなる
そしたら、邪魔する相手のこともわかるが
万人に平等にあるけど、1日=1440分しかないんだから、
自分が今、生きている意味のある事に総てを使おうと思わんか?

言ってもわからん、嘘で塗り固めて、人のご機嫌伺いで総て処理する人と
同じ生き方をそもそもしていない。のなら
精一杯、悔いのない今日を、1分、1秒惜しんでそこに注力するだけだろ。
死んだら何したくってもできねぇんだから、よ。

今、精一杯生きて、Tシャツ汗だくにして働いている彼女から
今、生きている自分にとって大切なことを教えて頂いた

今月発売の少女ファイト16巻に書かれていて
日々、呪文のように最近唱える言葉がある

「暇はよくねえ
   暇だと余計なことを考える」

余裕がない、の弊害もあるが
人生は長い。と思った時点で、人は余計なこと考える。
ヘタすりゃ帰り道で殴られて死ぬかもしれない。くらいの緊張感。あってもいいのかもな

と、
ねえさんと、青紫蘇に教えて頂きました


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