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歪な恋の成就 (「バーレスク黒蜥蜴」感想)
平野さんの明智の魂や心は左胸ではなく、頭部にある。終わらせたくないと言った時、自分がなぜそう思ったのかわからなくて左胸に手を当てることしかできなかった明智。最後の最後に黒蜥蜴に対してようやくしてやれたのは、なによりも大切な自分の頭をそのまま差し出すことだった。
舞台「黒蜥蜴〜Burlesque KUROTOKAGE〜」最後の回、雷太さんの黒蜥蜴と平野さんの明智のペアについて。これまでで一番、恋に近く、そしてどことなく官能的な空気を纏ったふたりであるようにも見えた。
カーテンが開き、妖艶で、そしてやはり迫力ある大きさの後ろ姿のシルエットに固唾を飲む。あの永遠とも感じる静寂! こちらを限界まで焦らしてくる悪戯のようでもあるし、もしかしたら、この物語が終わることへのさみしさもあったのかもしれない。
個人的に2/11夜公演ぶりに拝見する2mのお姫さまは、また輪をかけて可愛らしくなっていた。なにより潤ちゃんとのスキンシップがはっきり増えている。しっかりめのハグを何度もするし、押し倒させてラブシーンの真似事をしたりと、いわゆるイチャイチャを積極的にやっている。(このあたり、島田版ではラブシーンではなく支配や隷属のシーンとしての印象が強い)潤ちゃんを一番の子分に認定するのは「恩人です」との発言を受けてのことだが、もしかしたら雷太版黒蜥蜴は、ここで別のことを言われていたら子分以外の関係になることもやぶさかではなかったんじゃないだろうか。
この黒蜥蜴は、自分だけを見、自分のことだけを考えてくれる誰かに寄り添ってほしいという渇望を、潤ちゃんとのごっこ遊びでそれなりに満たせていたように思う。これは島田版黒蜥蜴との大きな差だ。島田版黒蜥蜴は支配の頂点に立ってこそ輝き、誰かに寄りかかった瞬間に崩壊してしまうから。
そんなだから、途中まで思うような反応を返してくれない平野版明智に対してはやや欲求不満気味っぽさすら感じる。その流れが変わるのが、電話ひとつで立場が逆転し、縁川夫人こと黒蜥蜴が一気に追い詰められたところからだ。なんとか銃を奪い、明智の恍惚とした視線から逃れるものの、黒蜥蜴は己をかつてないほどの危機に晒した明智のことを忘れることができない。明智はまばたきすらせず、決して黒蜥蜴から目を離さなかったから。自分だけを見、自分のことだけを考えてほしい黒蜥蜴がこの瞬間を忘れられるわけがないのである。このシーンには、他のペアと比べるとややセンシュアルな香りが漂っていた気がした。明智側がそれまで抑圧していたものを解放したせいもあるだろう。とにかく平野版明智は、ほかふたりの多少なりとも紳士的な明智とは異なり、己の欲望や衝動をそのまま黒蜥蜴にぶつけてくる。
そして、黒蜥蜴にとって全力をぶつけられることは恐怖でもありながら、悦楽でもある。己に従順な潤ちゃんでは満たせなかったのが、この悦楽だ。
明智のことがおそろしくて大阪城を出られない黒蜥蜴は、相手がほかでもない明智だとも気づけないまま助けを乞う。もちろんこれはどのペアでも同じ展開ではあるのだが、この公演では黒蜥蜴の明智に対する恐怖心がいちだんと激しくなっていたように思う。船にまで追いかけてきた明智に対して黒蜥蜴は「追い詰められた恐怖」と「追いかけてきてくれた喜悦」のふたつを同時に抱く。また明智も同様に、「気づかれずに追い詰めたい嗜虐心」と「気づいてくれた喜悦」のふたつを同時に抱いている。怯えながらときめきを覚え、苦しめながら優しくするさま。単に性的嗜好として書いてしまうと少し味気なさすぎるから、なるべくしっくりくる言葉を探しながら書いているのだけれど、ただやっぱり、この明智はそれまでのさまざまな言動や振る舞いから、自覚があるかはさておき明確なサディストであるように思える。黒蜥蜴のうちに秘めた欲求が、そこに運命的に合致してしまったのだ。
床下にいた明智は黒蜥蜴の嘆き声もすべて聞いていただろう。それが自分を失ったことへの悲嘆であるとわかりながら聞いたのだ。黒蜥蜴には、後で自分が傷つくとわかっていても手を下せるだけの覚悟がある。それに真正面から向き合うのに、終わらせたくないから手をゆるめるなどという考えは半端だし、不誠実だ。彼女を全力で受け止めるならば、明智がすべきなのは甘い言葉をかけることではない。いっさいの遠慮なく黒蜥蜴の築き上げてきたすべてを壊すことしかない。
最後の部屋での明智は、なにか別の言葉を飲み込んで、感謝している、とどうにかそれだけ口にしたように思えた。愛しているというのには歪すぎる感情と衝動を、あとはもうそのまま差し出すしかない。
自分を捕まえて離さないこと。悪党である自身にとって破滅と同義であるそれを、黒蜥蜴は最期に望み、明智はそれに応える。出会ったときからこうなる気がしていた、という黒蜥蜴の台詞は、明智に追い詰められ破滅する自分自身を予感した言葉だったのではないだろうか。それがこのふたりにとって、恋を完遂した先の理想的な末路であるから。明智の手に落ち屈服すること。みずからの腕の中で黒蜥蜴に引導を渡すこと。それこそが、かれらの激烈な恋の成就だった。
このペアについては思うことが色々ありすぎてなかなかまとまらず、これまで以上にまとまらない勢いのまま書き殴ることになってしまった。
最終公演だったのもあってか、そういう激情を駆り立てられるほどの、言葉にできない感動があった。
上記のnoteでコングラボードをいただきました。ありがとうございます。
と言ってもこれはわたしの感想云々より、舞台作品の力と観劇されたファンの方々の熱量の表れだ。そういう周囲のムーヴメントも含めて、素敵な作品だった。見られたのはたったの4公演だったけれど、出会うことができてよかった。
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しかし配信も週末までなので、こうなるともう望みを託せるのがアフターパンフレットくらいしかない。無粋でもいいからいろんな解釈を語ってほしいし、ぜひ全パターンの衣装写真、衣装やメイクの意図を掲載してほしいと思う。noteには書けていないけれど、ファッションショーとしての見応えもあった。個人的には、なかでも雷太さん演じる緑川夫人の真っ赤な衣装が好きでした。とんでもないのに厭らしくならないギリギリのライン。あとは島田さんの黒蜥蜴の大阪城での白いドレスも好きだ。あそこで白を選ぶセンス!
ライブ的な楽しみもあった。それを特に感じたのは島田さんの黒蜥蜴。水中ダンスのときは立ち上がって拳を振り上げたかったくらいだ。あの黒蜥蜴にはグラムロックスターの風格があった。ヘドウィグやボゥイをイメージしたメイクだったのだとSNSで拝読し、納得。そういう情報を! もっと読みたい。そして、ああ、やっぱり、円盤化もまだ諦めきれていない。