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2mを包み込む愛 (「バーレスク黒蜥蜴」感想)
情報解禁時から本当に、心底、楽しみにしていた舞台「黒蜥蜴〜Burlesque KUROTOKAGE〜」。黒蜥蜴はダブルキャスト、明智はトリプルキャスト。存じ上げている役者さんが何人も出られるし、乱歩の小説ももちろん好きだし。しかもバーレスクときた。結局どの組み合わせも気になってしまって、もう思い切って黒蜥蜴と明智のキャストの全パターンを1公演ずつ見ることにした。
でもって、この判断をして正解だったと早くも確信している。
2/11に雷太さん・神尾晋一郎さんペアの回を見て、そこで受けた印象を次のパターンを見る前にどうにか書き残しておかなければ、と週末でもないのにこうして慌ててnoteを更新している程度には衝撃が大きかった。あまり時間が取れないのもあり、とにかく黒蜥蜴と明智に対する印象に絞って書き散らすことになりますが、悪しからずご容赦ください。本当に良かったんです。本来なら現地をおすすめしたいところだけれど、難しければぜひ配信ででもご覧になっていただきたい。
とにかく拝見できるのを楽しみにしていた雷太さん演じる黒蜥蜴、ちょっとでっかくて2メートルくらいあるけど、一貫して可愛らしいお嬢さんだった。猥雑に見せかけてはいるけれど実際にはかなり初心なんじゃないか、なんなら誰もその身に触れさせていないんじゃないか、と早いうちから思ったのは、ちょっとした仕草に品や恥じらいを感じたというのもあるし、なによりも明智が彼女/彼をれっきとした淑女として扱っていたからというのが大きい。
さて、神尾晋一郎さん演じる明智が、ドアをノックして入ってくる。黒蜥蜴と比べるとぱっと見はインパクトの弱い、かなり、ふつうの人だ。少なくとも岩瀬氏のところにやってきた際は、落ち着いたまともな男性が来た、という印象。そこまで動作や表情におかしなところはなく、ただ、全体的に冷めているというか、半笑いというか、とにかく本気を出していないような感じがして、それがやや気味悪い。依頼主である岩瀬氏にも美しい早苗にも依頼主という以上の興味はまったく感じられない。冷たいのではなく、とにかく人間に対して一様に関心がなさそうで、けれどもそれを外面で取り繕って紳士的に振る舞える程度の社会性はあるのだろう。まともに見せておかないと、こうして探偵仕事の相談が舞い込んでこないからだ。賢すぎて退屈をもてあましている明智が熱意を持てるのは、まだ尻尾を掴めていない犯人を思うときのみ。それはまるで恋なのだと語る。
この無関心な姿勢は当初、緑川夫人(変装した黒蜥蜴)に対しても同じであったと思う。しかし興味がないからこそ緑川夫人に対する先入観もなく、岩瀬氏らに対するのと同じように丁寧に、慇懃に接することを徹底していた。どれだけ得体の知れない存在だとしても、夫人と名乗っている相手ならば夫人として、紳士的に扱うのがこの明智だ。
ことさらにはしゃいで見せている緑川夫人と比べると、明智の方がひとまわりくらい年上なのだろうなというふうにだんだんと感じられてくる。というよりも、思いのほか、緑川夫人が幼いのだ。幼くて可愛らしいお嬢さん。早苗を連れ出したときの無邪気に騒ぐ姿もそう。早苗と同じに初心なお嬢さんが冒険をする、そんな高揚が素直に表に出ていたように思えてならなかった。早苗が緑川夫人のことをやたらと信用していたのは、自分と同じ夢見がちな女の子である、という、少なくともその点には嘘がなかったからなんじゃないだろうか。
じっさい、黒蜥蜴が美術館と称してやっていることは、マンションに家具を入れたりおもちゃのピアノを弾いたりする早苗と、根本的にはなんら変わらない。自分のお部屋をお気に入りの美しいもので満たして、何不自由のないお姫様になりたいのだ。そしてお姫様はいつだって、王子様の迎えを待っている。
船に閉じ込めた早苗をひっそりと明智が支えていたのだと知ったとき、黒蜥蜴のなかでは怒りよりも悲しみや寂しさが先立っただろう。ああ、結局この男もやはり小さくてか弱くて可愛らしい早苗に寄り添うのかと。高身長の男性が黒蜥蜴を演じていることについてはいろいろな見方ができると思うが、この公演からわたしが感じ取ったのは、「可憐で儚げな素の美しさへのコンプレックス」だった。明智に出会い、段々と露出が少なく貞淑になっていく衣装が黒蜥蜴の心を表しているようで愛しく、いじらしい。
一方、黒蜥蜴にひとたび逃げられてからの明智。明智本人の台詞を踏まえれば、捕まえられない犯人に対して恋に似た執着を持っているのだと理解できる。ただ、ソファ(床下)での会話での物腰の柔らかさは冒頭のそっけなさからは比べ物にならないほどで、そこからは苛烈な恋情というより、むしろ包み込むような愛をこそわたしは感じた。神尾さんの声は雄弁だ。さすがというか、ほんのひと声に含める情報量が段違いに多い。決して語気を荒げることなく、どこまでもやさしく、少し掠れた声。大胆不敵でどこか抜けてもいる黒蜥蜴を見守り、呆れ、讃え、最後の最後までしっかり付き合おうとする、大きな愛。大阪城で自分に話しかけてきた黒蜥蜴のことを、明智はきっと滑稽で面白くて、愛しくて仕方なかっただろう。あの声を聞いただけで、そう思える。
天真爛漫でかわいそうなお嬢さんの遊びに真摯に付き合ってやる探偵、というふたりの構図は、緑川夫人として出会った瞬間から最期の時まで、湿度を変えながらもずっと維持されたように思う。
結末はわかっていたけれど、この明智なら、黒蜥蜴の手をとって連れ出してどこか遠くへ逃げてくれるんじゃないか。そんな期待すらしてしまった。しかしこの明智はやっぱり根本がまともだから、黒蜥蜴の一連の凶行を見過ごすことはできないし、そのまともさがあるからこそ黒蜥蜴を淑女として扱ってくれるのだ。それに捕らえてしまったが最後、犯人への興味を明智はきっとすぐに失ってしまう。追い追われている間こそがふたりにとっての蜜月だった。
だからやっぱり、黒蜥蜴にとってはあそこで死んで明智を置き去りにするのが最良の選択なのだろう。明智の勝利に見えて、あれは黒蜥蜴の勝ち逃げにほかならない。ひときわ背が大きいせいで舞台上で誰かに抱いてもらうことのついぞなかった黒蜥蜴が、ようやく明智の腕に抱かれる。お姫様のようにすその長い漆黒のドレスと頭上にきらめくティアラ。お嬢さんが夢見た、憧れの王子様とのラブシーンだ。美しさには毒があるとの言葉通り、毒によって、彼女はようやく自らの理想の美しさを手に入れた。
以上、雷太さんと神尾さんペアの回から受けた印象をひといきで書き殴った。
明智の声の芝居が印象的なシーンはいくつかあって、聞こえた瞬間にぞっと鳥肌が立つようなこともあった。声のお仕事をされている神尾さんならではの明智だ。本当に見に行ってよかった。また他の舞台に出られる際はぜひ見てみたい。
土曜にはまた異なるキャストの組み合わせを見る予定。今日ここに書いたのとは全く違うインパクトにうちのめされるんだろう。同じ作品なのにそんな期待ができるなんて、だいぶ異例なことだ。