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双生児の内臓 (「バーレスク黒蜥蜴」感想)

「黒蜥蜴〜Burlesque KUROTOKAGE〜」、雷太さん、島田さんそれぞれの黒蜥蜴をすでに1公演ずつ見たのちの千秋楽だった。昼夜とも明智を演じるのは平野良さん。個人的に、この舞台を見たいと思ったきっかけの1人。なんとなく、ものすごい変人に振り切ってくるんじゃないかなという予感はあったものの、それがあのふたりの黒蜥蜴と出会ったときにどうなるかまでは想像がつかなかった。
このnoteでは、島田さん・平野さんペアについて書きたい。


登場シーン、とにかくきっかり直角に曲がらないと気がすまず、歩き方も忙しなく、気の乗らない仕事の依頼にはあからさまにつまらなさそうな態度を取り、聞き手への配慮のまるでない喋り方をする明智は、やっぱり誰からもフォローできないレベルの変人だった。恐らく探偵としての名声にすら執着がなく、ただとにかく推理や謎、スリルへの感度が常軌を逸していて、それらに向けた欲求には素直。さすがに欲をそのまま表情に出してしまうと社会的にまずいから、なんとかてのひらで顔をなでつけて無表情を保つ。自分の欲求が反社会的であることに自覚があり、ありのままの姿で生きることが許されていない明智だ。


平野さんが明智を演じたパターンの「バーレスク黒蜥蜴」は、明智が感情をなかなか見せないためすこし読み解きの難易度が高いが、ほかの明智とはあきらかに違う黒蜥蜴との関係性が見えて、また全く違う物語になっていた。
「飢えて、心に穴が開いている」というのは明智による黒蜥蜴評だが、それはそのままこの明智自身にも当てはまる。他キャストの明智にもスリルへの渇望はあったけれど、平野さんの明智はこの飢餓感のレベルが一段高い。12時になっても何も起こらなかったことにあからさまに失望しているし、本当に賭けに勝ったのか、確かめてもいないだろうと緑川夫人から言われた際、「まさか」とつぶやくこの明智は口元が笑っている。早苗の安全なんて心底どうでもいいのだ。銃を向けてくる緑川夫人を凝視する明智は、落ちた、とばかりに手を上げる。あれはきっと黒蜥蜴を自分の好敵手として認めただけの意味ではない。こういう相手にこそ魅力を感じてしまう、それまで隠していた本来の自分自身に対する降伏なのだ。見ていて、そういう印象を強く持った。


島田さんの黒蜥蜴と平野さんの明智が並ぶと、とてもよく似ている。なにより身長が近い(同じ?)し、気持ちの昂ぶりが抑えられずに顔に出てしまうところや、勝利を確信した瞬間の爆発的な感情と奇行など。どちらも抑制がきかず、幼い子供の心を持ったまま大人になってしまった感じがある。特にタクシーを追いかける際、興奮にまかせて小林くんに指示をする明智は少年にしか見えない。
ふたりは同レベルで化かし合いができる相手であり、それは言い方を変えれば、これ以上ないお互いの理解者でもある。これまで見てきたどのペアよりも、島田さん・平野さんペアのふたりは対等に見えた。子供のように遠慮のない全力で、全身全霊で相手を叩きのめそうとする。そんなことができた相手にいまだかつて出会えたことがなかったからだろう、明智は黒蜥蜴と遊ぶのがあまりに楽しくて、とうとう船にまで追いかけてくる。自分がなぜわざわざ危険を冒してまでそんなことをしているのか、理解しないまま。なぜ終わらせたくないのか、と胸に手を当てて自問するけれど、その気持ちがなんなのか、明確な答えは出せない。
一方の黒蜥蜴からすれば、求めていたはずの片割れなのに、完膚なきまでにねじ伏せて勝利しなければ自分を維持できない。(この黒蜥蜴の解釈については前回noteに書いている)明智と出会った時点で破滅がもうはじまっていた。この二律背反に苦しみ、黒蜥蜴はだんだんと幼い子供のようになっていく。この事情を明智は知る由もないから、なんの遠慮もなく土足で踏み込んでくる。

黒蜥蜴の心を明確に折ったのは、明智の仕業によるものではなく、早苗さんを守るという香川青年の一言だった。一対の男女を見た瞬間から、島田版黒蜥蜴はあきらかに勢いをなくし憔悴する。なぜか。自分もせっかく片割れのような相手に出会えていたのに、それをみずから屠ってしまったからではないか? 明智は死に、もう取り返しがつかない。それならば若い男女も同じように片方を水中に沈めて、永遠にその仲を引き裂かなければならない。
とうとう声をあげて泣き出す黒蜥蜴は、もうほんとうに幼児そのものだ。前回noteにて島田さんの黒蜥蜴の強さへの希求について書いたからこそ、ここは衝撃が大きかった。あれだけ強くあろうとする黒蜥蜴が、こんなにもいたいけに泣くことがあるのかと。

前回note。島田さんの黒蜥蜴に対する解釈は主にこちらに書いている。


これははっきりと言葉で語られているわけではないから、違う見方をした方もきっといらっしゃるだろう。けれども、どうしてもわたしには、この千秋楽昼公演において、明智も黒蜥蜴も、「終わらせたくない」という自分の欲求に明確な名を付けられていなかったように見えた。それもそうだろう。たぶんそれは、感情というより、もっと本能に近いところにある反応だったのだから。死にたくない。まだ生きていたい。生まれたばかりの子供に、それを理解しろというのはちょっと酷な話じゃないか。
このふたりは、出会ったことで欠けた内臓を補い合って、ようやく本来の形で生まれることができた双生児だ。


黒蜥蜴が生き方を確立する前であったなら、きっと最高のバディになっただろう。ともに悪党に身を堕とすでもよし、名探偵として名を馳せるでもいい。
しかし出会うタイミングが遅かった。黒蜥蜴は破滅し、明智もきっと、二度と魂を震わせることはない。死んだ心のまま、かすかなスリルだけでどうにか食いつないでいく余生を過ごすことになる。最後の部屋を訪れるとき明智はもうすべてを諦めているし、黒蜥蜴も明智を待たずに毒を口にしようとする。奇跡的に間に合った明智から伝えられるのは、この火花のようなほんの一瞬、ようやく本来の姿で生きられたことへの感謝だけ。そうして、命より大事な脳みその詰まったそのひたいを黒蜥蜴へと差し出す。あなたを、という最後のフレーズを歌い上げない明智。明智にももう余力がない。毒を飲んだ黒蜥蜴を抱きかかえ、あの瞬間、ふたりとも死を迎えたのだ。内臓を共有したふたりは、片方が死ねばもう片方も生きてはいられないのだから。




夜公演は、雷太さんの黒蜥蜴とこの平野さんの明智のペア。なんとか書き切って自分の中での整理をつけたい。それにしてもなんて舞台なんだ。同じ脚本なのに、これだけ毎回違う感想が湧いてくるなんて。

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