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子供が生まれて一年経っても我が子を愛せないパパ~第2話~

コロナ禍において、外出することが憚られているものの、どうしても誰かに何かを相談したい時はある。


特に、文字に残したくないような相談事の時は尚更だ。

我が子を愛せないなんて、記録に残せるものか。


2020年、菅政権が発足したくらいの時期に、私は友人を飲みに誘った。

妻が我が子を連れて東京に戻ってくる前に、私はその友人から話を聞く必要があった。


友人、勇樹

彼の名前を勇樹とする。


勇樹は、とにかく友情に篤く、そして、昔から子供を嫌っていた。

子供ができたからといって、付き合いが悪くなってしまった共通の友人たちまで嫌っていた。

勇樹はそんな友人たちのことを「父親になった元友達」とまで言っていた。

「俺たちの元友達に献杯」とブラックジョークを言って、いつも何杯も何杯も酒を重ねていく。私が1杯飲む間に、勇樹は2杯も3杯も進んでいく。

「酒を飲んだら後は寝るだけだから、寝るまで飲めばいい」と潰れるまで飲み続けるのがいつもの勇樹だ。



30歳の前後の時期が、最後に勇樹と会った時だ。

しばらく飲んだ後に、勇樹はため息をつく様に言った。

「今年、俺も父親になるみたいだ」


「まじで!?おめでとうじゃん!」 

私は言った。

「子供作る予定なんて無かったのに、めでたいって訳でもないよ。ただ父親になるだけだ」

勇樹は淡々と言った。

「お前らしいな。じゃ、子供の話以外のことにするか。この間のさ…」


その日、勇樹が子供についてそれ以上話すことは無かった。

私も子供嫌いの勇樹を知っていたから、それ以上尋ねることも無かった。


○友人、勇樹

勇樹もテレワークだったため、お互い早めに仕事を切り上げて、17時半に湯島天神下のバーで待ち合わせた。

コロナ禍のため、看板の電気は落ちているが、やることもないので毎日バーカウンターで時間を潰しているマスターの店だ。席数は10席もない。

先に到着した私は久しぶりにグラスで飲むビールを噛み締めながら、なんとなくではあるが、勇樹なら私の気持ちを理解してくれるのではと思っていた。


5分もせずに、下手に重たい扉を開けて勇樹がやってきた。


「ごめんな、子供もいるのに誘ってしまって」

正直、大して謝罪の気持ちもないものの、社交辞令として謝ってみた。

「気にすんなって。たまには飲まないとな。子供ができたからって、お前の元友達に格下げされたくねぇし」


良かった。勇樹は勇樹だった。


適当に近況報告を済ませた後、意を決して私は言った。

「実は、言ってなかったんだけど、こないだ子供産まれたんだ」



「ほんとか!?良かったな!めでたいな!乾杯しよう!そうすると、うちの子と3歳差くらいか?あげられるようなもんあったかな…いやーでも本当におめでとう!」

「コロナのせいで、全然外で飲めてなかったけど、今日は良い酒飲めるな、まさか俺ら二人共パパになるなんてな!」

「保活が思ったより大変でな!お前んとこの嫁さんもとりあえずフルタイムで復職した方がいいぞ、後から変えることとかできるからな!」

「世の中の自称イクメンは~~」

「うちの子供も馬鹿なんじゃないかとヒヤついたけど~~」

「とはいえ嫁さんもわかってない~~」

「意外と味方になるのは~~」


勇樹は止まらずにとにかく嬉しそうに語り続けた。

私はニコニコと勇樹の言葉を聞きながら、

「いやーためになるな!」

「同年代でパパの先輩がいるのはラッキーだな」

「今度は家族で食事でもしような」

と、話を合わせていった。


勇樹は、勇樹だったが、勇樹ではなかった。


本当に聞きたかった話は、そんなことではなかったのに。

時の流れを感じさせつつも、かつてのあの時に戻ったかのように楽しく見える時間はあっという間に過ぎていった。

2時間も飲み、20時が近づくと、解散の流れになった。


会計はぴったり割り勘。

お互い、3杯ずつしか飲まなかったからだった。


元なのか、今もなのか。

友人に手を振って、私は家路に着いた。

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