
「戦争なんか地獄へ落ちてしまえ」 川久保玲

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2025年秋冬コレクションを読む
現代においてファッションは、単なる衣服の領域を超え、政治や社会問題を語る場へとシフトしている。その中でも、川久保玲が手掛けるCOMME des GARÇONS HOMME PLUSは、常に時代への鋭い視線をファッションに投影してきた。2025年秋冬コレクション「TO HELL WITH WAR」は、その最たる例だ。今回のコレクションは、戦争というテーマを取り上げ、戦争が内包する矛盾と暴力性を象徴する衣服を断片化し、再び縫い合わせることで新しい意味を創り出している。解体と再構築という手法を通じ、戦争と人間の理性がもたらした「発展」の闇を問い直すこの試みは、単なる服作りの枠を超えた哲学的な挑戦だ。

19世紀から20世紀初頭にかけて、ファッションの進化は、人間の理性が作り出した「発展」を象徴していた。特にテーラリングは、理想的な身体のラインを際立たせることで人間の美を追求し、合理的で洗練されたデザインの極みとして完成された。一方で、ミリタリーウェアは、戦争という破壊行為を正当化するための機能性と権威を体現したものであり、その背後には国家や権力の意図が色濃く反映されていた。
今回のコレクションでは、こうした理性が生み出した二つの衣服――テーラリングとミリタリー――が、川久保の手によって解体される。セットインショルダーのジャケットや燕尾服風のアイテム、ナポレオンジャケットを彷彿とさせる装飾は、理性の象徴としての服の歴史を呼び起こす。しかし、これらはそのままでは存在せず、断片的に切り裂かれ、新しい形へと組み直されている。テーラリングの持つ洗練さや均整は解体され、ミリタリーウェアが象徴する権力の象徴性も打ち砕かれる。このプロセスは、戦争そのものが持つ「秩序」と「破壊」の二面性を浮かび上がらせる。

このコレクションの重要な要素として、色彩が挙げられる。軍服が持つアースカラー(カーキやオリーブグリーンなど)は、20世紀初頭の戦争が「目立たないこと」を求めた結果として生まれたものだ。一方で、それ以前の時代、軍服は権力を誇示するための鮮やかな色彩――赤、青、金など――で構成されていた。これらは威厳を示し、敵を威嚇する役割を担っていたが、戦場の実用性にはそぐわなかった。
川久保はこの歴史的なカラーコードを解体し、異なる時代の色彩を大胆に混ぜ合わせる。カーキとヴィヴィッドな赤、青、黄色の組み合わせは、戦争における混沌そのものを象徴している。戦場に溶け込む機能性と、権威を誇示する無意味な派手さが共存するこのパッチワークは、戦争がいかに矛盾に満ちているかを視覚的に示している。

COMME des GARÇONS HOMME PLUSの特徴は、服そのものが持つ物語性にある。今回のコレクションでは、「断片」がキーワードとなる。第二次世界大戦後、詩や文学においても、断片的な表現が重視されるようになった。たとえば、パウル・ツェランの詩や、アドルノの「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という言葉は、理性が引き起こした暴力に対する人類の応答として、断片化した表現を選んだことを示している。
川久保は、こうした歴史的な文脈を取り込みながら、戦争という巨大な暴力装置の中で破壊された個人性や多様性を再び浮かび上がらせる。ショート丈に切り取られたサファリジャケットや、左右非対称に縫い合わされたテーラードジャケットは、戦争が粉々にした「人間性」を象徴している。これらの衣服は、完成された「全体」として存在せず、解体と再構築のプロセスそのものが作品となっている。

このコレクションが我々に問いかけるのは、過去の戦争が生んだ破壊のエコーだけではない。それはまた、現代に生きる我々が、どのように「理性」を再定義すべきかという未来への問いでもある。テーラリングとミリタリーという、理性と暴力の象徴を解体し、それらをパッチワークとして再構築するプロセスは、理性そのものを批判的に見直す行為であり、また新しい希望の兆しを示唆する。
現代のファッションに求められる役割は、単なる「美」や「機能性」を超え、社会や政治を批評することだ。COMME des GARÇONS HOMME PLUSは、その使命を全うするかのように、戦争と理性、破壊と再生、過去と未来という二項対立を縫い合わせた。「TO HELL WITH WAR」というテーマは、ただのキャッチコピーではなく、服を通じて語られる詩的な抗議であり、同時に新たな詩を紡ぐための挑戦でもある。
これらの衣服を着ることは、単にブランドの作品を纏うという行為ではない。それはまた、戦争や暴力が残した傷跡を見つめ直し、人間性を問い直す行為でもあるのだ。COMME des GARÇONS HOMME PLUSが今回のコレクションで示したのは、断片化された世界を繋ぎ直し、そこから新たな可能性を見出す力だ。この力は、未来への小さな希望の光として、我々に問いかけ続けている。
Noteにて書かせて頂いた題材を中心に Spotify for Podcastersにてお話させて頂いております。 https://open.spotify.com/show/3StuESpZ1Xhez8oCs3ZTPn 神奈川・三浦海岸に位置するビンテージ・セレクトショップ「UNKNOWN」の オーナーによるラジオ番組。 古着と言う知識だけではなく ファッション・音楽・アートなどに通ずる世界カルチャーを中心に 流行りや時代の進化を音源や思想を通しながらお話ししています。 音楽はオーナー自身が発掘した 世界のカセットテープ音源・レコードを中心に流させて頂いております。