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vol.13 自分の可能性を諦めない
「大学生活をもっと充実させたい!」「やりたいことを見つけたい!」という想いを持ちながらも、なかなか行動に移せない北海道内の大学生に向けた連載企画「Knows」。
編集チームが独断と偏見で選んだ面白大学生の人生をお届けします。今回は第13回目。ゲストは北海道教育大学旭川校の島俊輔さんです。
「大学生のうちに海外に行っといたほうがいいよ」
というメッセージはよく耳にしますよね?確かに沢山のメリットがあることはイメージできますが、実際に踏み出してみようとは思えていない人もたくさんいるかと思います。そんな方にぜひ知っていただきたいのが今回紹介する島さんの体験です。
島さんはフィリピンに行ったことで自分の性格の悪い部分に気付くことができ、その部分を直そうと努力しました、その結果、たくさんの人から喜んでもらえるようになったそうです。
海外に行ったことで人間として大きく成長、進化することができた島さんの人生を詳しく見ていきましょう。
負けず嫌いで人を見下してばかりだった
ーこんにちは!では早速、島さんの自己紹介と今の活動について教えてください。
「北海道教育大学旭川校英語教育専攻で3年次を休学中の島俊輔です。今は大学から1年間休学を取って今年の8月からアメリカに行く予定です。アメリカでは8か月間日本語教師としてインターンをすることになっています。」
ーすごく楽しみな予定ですね。すごく充実しているように見える島さんですが、小学校の時はどんな子どもでしたか?
「パソコンゲームばっかりやって、「勉強なんて意味ないじゃん」と言っていたので小学生にしてはかなり生意気な子でしたね(笑)。あとは小さい頃から競争心が強かったです。友達がやっていた習い事は全部まねしてその友達に絶対勝つつもりで取り組みました。」
ー小さい頃から負けず嫌いだったんですね。中学生になってからはどうでしたか?
「バドミントン部に入って、色々な人と関わる機会が増えたので、競争心はさらに高まりました。常に自分と人を比べてましたね。それが悪い方向に働いて人を見下すような性格になったのはこの頃です。」
ーそうなんですね。高校はどのように選択したんですか?
「バドミントン部の顧問の先生がすごく良い人で色々な経験をさせてくれました。その先生の影響で学校の先生になりたいと思ったんです。自分が行ける学力の高校の中で一番教育大に進学する人数が多かった高校を調べて、そこに入学することになりました。」
ーこの頃から将来の夢が見つかっていたんですね。次に高校生の時のエピソードについて教えてください。
「高2までは部活と彼女に打ち込んでました(笑)。実は僕、バドミントン部に入部して一番最初の番手戦(部内での対戦)で最下位だったんです。周りの同期を見下して舐めたプレーをした結果なんですけど、それが悔しくて悔しくて。
その悔しさをばねにして頑張り続けた結果、最後の大会では団体戦で創立2度目の全道大会進出を決めることができました。」
ー素晴らしいですね。その競争心の強さはどこから来ているんですか?
「多分、島俊輔は生まれたときから負けず嫌いだし、失敗をめちゃくちゃ嫌う完璧主義なんです。とにかく自分を良く見せたい。これが僕の性質なんだと思います。」
ー大学受験でもその負けず嫌いは発揮されましたか?
「英語の先生になりたかったので旭川教育大を受験することにしたんですが、学力は本当にやばかったです。自覚したのはセンター試験の模試で3割しか取れなかった時です。これは本当にやばい、と。
でも周りには6割くらいだったと伝えていました。自分を良く見せたかったので(笑)。」
―3割増しのウソって相当ですね。
「本当にやばいですよね。自分でも笑ってしまいます。その時の嘘をついた自分を擁護するわけではないですが、僕はでっかい発言をしてそれを実現させていくタイプなんですよね。なりたい自分をみんなに伝えて、それを嘘にしないためにめちゃくちゃ努力する的な。
その時は参考書40冊くらい買って一気にやりましたね、もう死ぬ気でした。結果的にセンターでは75%ほどとることが出来て、大学にも合格することができました。」
負けたくない
ーどういう想いをもって大学に入学しましたか?
「日本の英語の先生って、絶対条件として“英語が流暢である。”とかはないし、まるでネイティブのように流暢に喋れる先生を見たことがなかったので、きっと教育大にもそんな人はいないだろうなと思いながら入学しました。
自分自身もなーなーで授業を受けて大学生活4年間が終わって、先生になんとなくの気持ちでなっていくんだろうなあって(笑)。」
ー実際に入学してみてそのイメージは間違っていませんでしたか?
「最初の1カ月は予想通りでした。でも、思っていたより早く僕にとってのターニングポイントが訪れたんです。それはあるゼミを見学したときのことなんですけど、自分の3個上の先輩の英語がすっごく上手だったんです。
まるでネイティブみたいに英語を話していて、その先輩だけ別次元でした。これがきっかけで教育大にも英語を喋れる人がいること、英語を喋るってカッコいいことを知ることができました。」
ーカッコいい先輩に出会って、英語をしゃべりたいと思うようになったんですね。確かに尊敬する先輩との出会いは人生を一変させるくらいのインパクトがありますよね。
「そうですね。僕はその先輩に絶対負けたくないと思ったので、まずはマネすることから始めました。先輩と同じ居酒屋のバイトを始めて先輩がやっていたことをすべてマネしましたね。生活スタイルや英語の勉強方法など色んなことを質問しながら、勉強しました。」
ー努力は実りましたか?
「TOEICのテストがあったんですけど、初めての受験で750点を取ることができました。ここで自信をつけられたことで、より英語学習へとのめり込んでいきました。「自分出来るかもしれない」そう思いました。」
ーそれからはどんな勉強をしましたか?
「オンライン英会話を始めました。そして絶望しました(笑)。
全く英語を喋れない。日本のことを知らない。自分のことを知らない。
3連続の絶望ですよね。これをどうにか克服するためにめちゃくちゃ勉強しました。1年生の頃は週4でバイトしながら1日6時間は英語の勉強をしていたと思います。だから飲み会とかも行きませんでした。
周りの人よりも少し英語ができるようになっていたのでまた人を見下し始めたのが1年生の終り頃ですね。」
ー1年生の春休みには何をされたんですか?
「フィリピンに短期留学に行きました。ここで成長を感じることができました。そこそこ英語を話せるようになっていたし、日本のカルチャーについて伝えることもできるようになっていました。あと、フィリピンの子どもたちに日本語を教えたんですけど、これがすごく楽しかったです。」
ー努力のたまものですね。
「ただ、新たな気付きもありました。僕が言った場所はWi-Fiが切れやすい場所で夜などは1人で考える時間が多かったんですね。
日本での自分の行動を振り返ると、人を見下す、人のいいところを見ようとしない、『でも』で会話を始める、などなど自分の良くないところにたくさん気付くことができました。」
人として成長した
ー自分の悪い部分を発見できた状態で帰国して何をしましたか?
「帰国したときはコロナが流行り始めていたのでオンラインに切り替わり、めちゃくちゃ自由な時間がありました。それを利用してやったことは自己啓発本を読み漁ることです。
一気に複数冊を読んで、自分を見直す期間を作りました。自分は本の中に出てくる全ての悪い例に当てはまっていて(笑)。これはやばい!!と思ったので本気で変わろうと思いました。」
ーどうやって変わろうとしたんですか?
「ちょうどその頃、YouTuberのHarukiさんという方の企画で#30dayschallenge*というものが始まったんです。30日という時間を使って自分を成長させつつ、自分の成長を見せるためにはどうすればいいんだろう?と考えた結果、自分の長所の「英語」と「継続力」を活かすことにしました。自分の姿を見た誰かを動機づけられればいいなと思って。
ちょっとした裏話をすると、実は帰国後すぐに日本語教師のインターンでアメリカに行く予定だったんです。コロナのせいで延期になってしまったんですけど、僕は「絶対に時間を有効活用してやる」「今アメリカにいけなかったことを正解にしてやる」とポジティブに捉えてましたね。」
*#30dayschallengeとは30日間何かにチャレンジしてその様子をSNSで発信するというもの。
ー物事をポジティブに変換するのは本当に大事ですよね。#30dayschallengeでは実際に何をしたんですか?
「毎日英語のスピーチの動画を撮って、Instagramに投稿しました。その結果、Harukiさんから動画で取り上げていただくこともできたんです!」
ーすごいです。このチャレンジを経て自分自身の成長を感じることはできましたか?
「はい。投稿を続けているうちに高校ではあまりしゃべったことがなかった友達から「すごいな!おれも頑張ろうと思ったよ!」とか、大学の同期からも「負けてられないと思った!」「めちゃくちゃ勇気づけられたよ、ありがとう!」とか。会ったことない人40人くらいからもメッセージが届いたりしました。」
ー僕もそのうちの1人ですもんね。
「そうですよね(笑)。この出来事によって『あ、自分成長したな。』『自分の強みを生かして人の役に立つことができたな。』と実感することができました。僕はこれをきっかけに色んな人にモチベーションを与えたいと思い始めました。」
―日々実践していたことはありますか?
「居酒屋のバイトでお客さんと話すときに今まで自己啓発本で学んだことをアウトプットしました。とにかく人を誉めまくってましたね。そのおかげか、友達からも『丸くなったね』と言われるようになったのがこの時期です。」
ー自己啓発本でそこまで変わることができるんですね。
「反省すればするほど変われると思います。なんで自分はこれほどまでに反省できたのか振り返ってみると一番大きな経験だったのがフィリピンに行ったことでした。」
ー詳しく教えてください。
「やっぱりフィリピンの人と日本の人の価値観って全然違うんです。特に幸せの捉え方。服が無くても家族がいれば幸せだという人もいれば、お金が無くても普通の生活ができていれば幸せだという人もいます。
でも、日本などの先進国の人は常に上を目指す人が多いですよね。どちらが良い悪いではありませんが、世の中には色んな価値観があることに気付けたから自分は変われたんだろうなと思っています。」
ーコロナ第2波が来てまたバイトができなくなってしまったと思うんですが、その頃は何をしましたか?
「僕は居酒屋とハンバーガ―屋さんでバイトをしていたので、どうにかお世話になった飲食店を助けたいと考えました。僕にとってバイト先は自分を変えてくれた場所でした。店長さんに自分の道を正してもらったこともありました。
このような想いから2020年の12月14日にあさメシ応援隊というSNSアカウントを立ち上げました。
僕たちの活動を通して学生にはコロナでも自分の行動次第でなんだってできるというメッセージを、飲食店の方々に対してはコロナでも負けないでほしいというメッセージを伝えたいと思っています。」
ー沢山の方にそのメッセージは届いていると思います。その後は休学期間に入ると思うんですが、今はどんな生活を送っているんですか?
「1年半越しの渡米が2021年8月に叶うのでそれに向けて勉強してバイトをする日々です。あとは自分の身の回りの人に限らずたくさんの人を動機づけるためにYouTuberになるための勉強をしてます。」
今後の展望とメッセージ
ー島さんの今後の展望を教えてください。
「8月からアメリカに行って、日本語教師が自分に合っているのかを確かめます。もしあっていれば、アメリカの大学院生として勉強しつつ日本語教師の資格を取ります。
また、将来的には日本に帰ってきて英語と教育に携わる仕事に就きたいと思っています。多くの人に機会を与えることができる大人になりたいです。自分を見直す機会でもいいし、挑戦する機会でもいいし、こういったことを考える機会などを与えられたらいいなあと思います。」
ーでは最後に、想いはあるけど動きだせない大学生に対してのメッセージをください。
「一番伝えたいことは「諦めないこと」です。僕は別に世間で言われる超優秀な大学に通っているわけじゃないです。だからこそ、特に、過去の僕と同じように学力の部分で劣等感を感じている学生にこのメッセージを伝えたいです。
大学は違えど一度入学してしまえば、今までの成績はフレッシュな状態にもどります!スタート時点ではレベルの差はあるかもしれないけど、諦めずに努力し続ければ追いつくことは可能です。大学は全てじゃないです。
僕もたくさん折れそうになったことはあるけど諦めずに継続をしてここまで来ました。自分の可能性を諦めないでください。センター試験の模擬試験の英語で42/200だった人間がアメリカに行こうとしているわけなので(笑)
挑戦・諦めないこと・自分次第
です!」
以上でインタビューは終了です。島さんがここまで努力を重ね、実績を得ることができている理由は生まれながらの負けず嫌いな性格だけではないと思います。自分の可能性を信じ続けているからだと思うんです。この記事を読んでくださっている読者の皆さんも自分の可能性を信じて挑戦し続けていただければ幸いです!
島さんの人生を書いたこの文章から何かのきっかけを得てもらえたら嬉しいです。最後まで読んでいただきありがとうございました!
取材・文:金子新太郎(Twitter)
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