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Were Wolf BBS ShortStory _夜の彷徨

「今日はいい闇夜だね」
 真夜中。良く晴れた空。風のない新月の夜。
 アタシは自分が営む宿屋を抜け出し、そっと散歩に出る。
 今日が新月で、おまけに晴れていて良かった。月夜は地面に影を映すし曇天だと空が反射して明るすぎだ。完璧な闇夜を望むなら、やはり新月で雲がないに限る。
 ゲルトが殺されてから何日が過ぎただろう。夜明けが来たら七日目……神が世界を作って丁度一休みした日。
「今日は誰にしようかね」
 でもアタシの戦いは終わっていない。
 日々自分の仲間が死んでいくのを、ただ見ていることしか出来なかった。皆の言葉が耳に残る。
『あの世から勝利を祈っているわ……』
 それを思い出すと絶対に仇を取らなければと、自然に真剣な気持ちになった。アタシにはその義務がある。誰にも甘えることが出来ないたった一人の戦いはアタシが死ぬまで続くだろう。でも、正直なことを言うと辛かった。
 誰にも相談出来ない。
 全部自分で判断し、決定しなければいけない。
 一人でも『仲間』がいれば相談したり出来たのだろう。もしくは自分の正体をばらしてしまえば、すぐにでも楽になれるだろう。
 そんな事、絶対に出来はしないけれど。
「とりあえず誰にするか、散歩でもしながら決めようか」
 宿から出てきたことは気付かれていないはずだ。アタシだってそこまで間抜けじゃないし、夜に出歩くのは慣れている。だから今日みたいな闇夜でも、村の中を歩くことに苦労しない。
 首くくりの縄が下げられた村一番の大木、オットーのパン屋、カタリナが羊を放牧に行っていた野原……闇夜の中では感覚が鋭くなる。野原の近くを歩くと風がないせいで、よく育った草の香りが夜露の香りに混じって立ち上った。
 いけない。
 余計な香りを身に纏わせて気付かれるのは困る。
 夜の散歩の時はいつもそうだ。妙な高揚感と緊張感で胸が痛くなる。虫の声と共に自分の鼓動が耳に響く。
「落ち着いて、そう何度も教わったじゃないか」
 失敗してもそれが終わりじゃない。
 失敗を恐れたら何も出来やしない。
 何度も何度も繰り返してきたことのはずなのに、どうしてもこの緊張感に慣れることが出来ないのは、アタシが臆病なせいだろうか。
「………」
 確かにアタシは恐れている。
 昨日の夜、アタシは普通だったらやらないミスを犯してしまった。
 やってしまった瞬間一気に血の気が引いた。夜が明けて生き残った皆がその事について話しているのを聞いてはいたが、アタシはそのミスを取り繕うのに精一杯で何を話したのか全然覚えていない。それぐらい、アタシは取り返しの付かないミスをしてしまったのだ。
「ごめんよ、きっとあの世でキリキリしただろうね」
 今思い出しても、あの場で自分の正体を明かして処刑されたいぐらいのミスだった。
 それでも踏みとどまったのは、まだ自分の状況的に『詰み』ではない事と、処刑されていった皆のことを思ってだった。
 まだアタシは負けていない。
 落ち着くために立ち止まり、大きく深呼吸をする。
 夜はアタシの時間だ。誰も邪魔出来ない活動時間。
 それに今日は闇夜……夜襲をするには都合がいいだろう。過ぎ去ったことをくよくよしている暇はない。
 しばらく歩くとヤコブの畑の裏を流れる小川の涼しげな音が耳に聞こえた。水車がゴトリゴトリと音を立てている。
「ヤコブにしようか。でも、メリットがあるかね?」
 ヤコブはまだ生き残っている。
 だが元々消極的な性格なのか、それとも思考が止まってしまって混乱しているのか分からないが議論に対して積極的ではない。しかも占いで人間だと分かっている。そんなヤコブを襲ったとしても、状況は変わらないだろう。
 今残っているのはアタシを除いて、ヤコブ、子供のペーター、神父のジムゾンに村娘のパメラ、そしてよその村からやってきている行商人のアルビン。その中からヤコブを除いた誰かで考えなければならない。
 パメラはかなり積極的に物事を考えているが、ちょっと自分の考えにとらわれ気味の所がある。だから残しておいても構わないだろう。アルビンはかなり他人の意見に左右されがちなので、やはり残しておくメリットがある。
「となると、神父かペーター……」
 ……まだ考える時間はある。
 とりあえずアタシはヤコブの家から離れることにした。
 まかり間違って目など覚まされたら面倒だ。

「レジーナ、お前の部屋に隠し扉をつけておいた」
 アタシの宿屋を建ててくれた大工は、アタシの『仲間』だった。
 遠くの街から来た大工だったが、お互い気配が似ていたのだろう。自分の正体を包み隠さず話し、アタシが夜出かけるのに苦労しないようわざわざ隠し扉を作ってくれたのだ。
 宿を建てたのはかなり昔なのだが、建物の作りがしっかりしているせいでその隠し扉の調子がおかしくなったりしたことはない。
 無事に宿を開店し、彼が去っていく前の夜にアタシは一つだけ彼に聞いた。
「またここに来てくれるかい?」
 だが、彼は無表情のまま闇夜の下でこう言った。
「『仲間』なら、その約束は出来ないって分かってるはずだ」
 知っていた。
 アタシ達が再会出来る確率はほとんどない。
 思えばアタシがこんな歳まで無事だったのも奇跡に近い。それは片田舎で慎ましくあまり目立たないように暮らしてきたからで、おおっぴらに活動していれば寿命はもっと短かっただろう。
「いいか、レジーナ。『その時』が来たら恐れるな。俺達が持ってはいけないのは『恐怖感』だ。恐れることはない。俺達の力なら、恐れるものなど何もないはずだ」
「……でも、やっぱりアタシは怖いよ」
「だったら隠し扉を使わず、力を使わず何も語らず生きればいい。そして夜の世界を忘れてしまえ」
 そう言われたはずなのに、アタシはやっぱり隠し扉を開けた。
 アタシは夜の世界に背を向けられなかったのだ。
 『その時』に備え隠し扉の手入れをし、自分の腕を磨き『その時』が来たら活動をし始めた。
「慣れないうちは何度か失敗することもあるだろう。そのミスを悔やむこともあるだろう。だが、お前なら出来るはずだ」
 そう、アタシには出来る。
 それを毎日呟きながら今日まで生き残ってきた。失敗はアタシが生きている限り挽回出来る。
「…………」
 アタシは空を見上げた。
 空が白く見えるほどの星空だ。もう迷っている暇はない。
「よし、今日は神父に決めるよ」
 そう呟きアタシは今日の散歩を止め、宿に戻ることにした。この騒ぎが始まってから神父はずっと宿に泊まっている。
 今日で全てを決めよう……それが一番だ。

「よっぽど疲れてるみたいだね」
 足音を立てないようにそっと部屋に忍び込むと、ジムゾンはぐっすりと眠っていた。毎日の議論で疲れているのだろう。朝も一番早くに起き、夜中までメモや皆の遺言を読み返したりしているのだから、仕方がないのかも知れないけれど。
 今日は闇夜だけど、ジムゾンが眠っている所も枕の脇に置かれている聖書もよく見えた。目をこらせばロザリオの数珠も数えられるのだろうが、流石にそんな事をしている余裕はない。
「…………」
 何者の気配もない。
 だが油断は出来ない。
 緊張で手が震えそうになるのをぐっと押さえる。震えが体中を移動して、歯の根が鳴りそうなのを食いしばる。
 こういう時は何に祈ればいいのだろうか。神か、それとも悪魔か。
 何でもいい。とにかくこの緊張感と高揚感を押さえてくれるなら、何者でも構わない。
「今だ……!」
 アタシは闇から飛び出す。
 その瞬間、銃声が二発鳴った……。

「レジーナさんが狩人だったんですか?」
「そうだよ。前の日に霊能者だって分かっていたトーマスをみすみす人狼に襲わせちまったから、あの日はもう失敗出来ないって冷や汗ものだったよ」
 八日目の朝。
 アタシ達はペーターを処刑することで全ての人狼を退治出来た。
 聖書を持ちながら目を丸くするジムゾン達を尻目に、アタシは自分の銃をテーブルに起きながら溜息をつく。
 あの夜アタシが闇から飛び出した時に見えたのは、ジムゾンに襲いかかろうとする小さな影だった。威嚇に一発、肩口に早撃ちで二発…人狼が逃げると同時にアタシも足音を忍ばせジムゾンの部屋を出て、物陰に隠れてドキドキしていた。実は人狼や他の魔物などから人を守るための力を持ちながら、それを上手く使えたのは今回が初めてだったのだ。
 六日目の『取り返しの付かないミス』とは、二匹の人狼を見つけていた霊能者のトーマスを「そこまで残りの人狼もストレートに襲撃はしてこないだろう」と思って守らずにいたら、結局トーマスを襲わせてしまったことだった。
 村のために貢献したのに、あそこでトーマスを守らなかったのはアタシのミスだ。いくら霊能者が三匹目の人狼を見つける時は全部の人狼を退治できる時だと言っても、失った命は戻ってこない。
「トーマスには悪いことしちまったよ……やっぱりアタシには人を守るなんて向いてないのかもね」
「そんな事ないわ。レジーナが神父様を守ってくれたから、それが手がかりになって最後の人狼を退治出来たのよ」
 溜息をつくアタシの肩にパメラがそっと手を置いた。ヤコブは畑から取れたての野菜を取ってきて、アルビンと一緒に料理をしてくれている。
「今日はレジーナさんの好きなもの作るだよ。まずはトマトのサラダと、鶏肉のシチューだな。今日はレジーナさんはゆっくりしてるといいだよ」
「畑のイチゴがいい色でしたから、イチゴのデザートも作りましょう」
「ちょっとあんた達、アタシをあんまり太らせると、次に人狼が来た時にどすどす足音がして気付かれちまうから美味しい物も程々にしておくれよ」
 アタシの言葉に皆が笑う。
 でも、ジムゾンを守れた時……物陰でドキドキしていたのは怖かったからじゃなくて、嬉しかったからだ。アタシの力で誰かの命を救うことが出来た。そして、結果的に他の皆の命も救うことが出来た。
「夜の世界を忘れなくて良かったよ」
「レジーナさん、何か言いましたか?」
「ううん、独り言さ」
 多分これからもアタシは夜の散歩を続けるだろう。
 再び人狼が来た時、闇夜で間違えて村人を撃たないようにするために。忍び足で素早く走れるように。そして、人狼の気配を感じ自分の気配を消すことが出来るように。
「さて、銃の手入れでもしようかね。久々に撃ったから肩が痛いよ」
 そう溜息をついていると、パメラが宿の外を見て笑いながら振り返った。
「レジーナ、お客様よ。人狼がいなくなった日にこの村に来るなんて、運のいい人だわ」
「あらあら、こんな田舎に珍しい」
 ドアベルがからんと鳴る。
「いらっしゃい」
「レジーナ、人狼騒ぎがあったんだって? だがこの様子なら、俺が来なくても立派にやり遂げたみたいだな」
 入り口に立っている懐かしい『彼』の姿を見て、アタシは年甲斐もなく赤くなった。

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