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今さら遅いよ

私は数年間、親と全く連絡を取らない時期があった。きっかけは母親の暴言。毒親とは、私なりに表面上の付き合いはだけは維持しようと我慢していたが、許せないレベルの言葉で、もう無理だと思った。激怒して、それ以降両親2人を着信拒否とブロック。しばらくは弟とだけ連絡をとっていた。

 子どもが親と違う意見を持つと対話できない親

2年前に、父親とは連絡を復活させたが、「通じない」ことを実感して、できるだけ通話はせず文字でやりとりをしている。言った言わないにならないから。ちなみに、母親とは今も関わらない。

父親は、周りが従ってくれる形式でしか会話が成立しない。なので、相手(私)の状況を理解した上で会話ができない。しかも、大事な会話をしてもその場しのぎ的で、久しぶりに話すと何も理解できていなかったことがわかり、すごく腹が立つ。おそらく脳の発達の問題か、毒親からの影響で従う・従わせるしかコミュニケーションの取り方を知らないのだと思う。
父親が通じない人だと気付いたのは、進路や人生について、自分の意見が親と違ってきた時だ。親にとっては、子どもの自立も含めて、寺から出ていくことは都合が悪い。子どもが社会性や常識を身につけることで、寺を否定することにもなる。
理解できないだけじゃなく、聞こうとしない、否定する。だから、説得を諦めて子供は強行突破する。

一方的な説明しかできない


檀家でも、ごくたまに住職である父にプライベートな重い相談をすることがある。その日は「ありがとうございました。また相談させてください。」と帰るが、その次がない。恐らく、父親が仏教に関して一方的に説明する分には会話が成立しても、相手の家庭の事情が会話の中心になると、通じないことに気付くのだろう。
しかも、無難な一般論や解決策を上から言われて不快になるのだと予想している。相手は、そんなことは望んでいない。気持ちに寄り添った共感があった上で、前に進めるような気持ちになる言葉が欲しいはず。父親には、これができない。

私がどん底から這い上がれないような経験をしても、「もう過去のことは忘れて、前に進まないとダメ」
この言葉にどれだけ腹が立って傷ついたことか。そんな当たり前のことは、言われなくても頭ではわかっている。
相談しにきた檀家も、似たような気持ちでモヤモヤして終わらせて帰ったのだろう。

子どもの頃、事情は知らないが、急に怒って帰った人がいた。その時も、うちの祖父と父は「急に怒って帰っていった」と言ったが、恐らく、共感がなく気持ちを逆なでされたのではないかと、今になって私は想像している。

寺では、一般の家庭よりも「死」と頻繁に関わる。人は、家族の死を受け入れるまでは感情的になるし、寄り添って関わって欲しいはずだ。でも、医師や住職は、優しさがあったとしても、毎回感情に流されていては仕事ができない。そうやって、自分を守る術としてドライにならざるを得ないのはあるかもしれないが、共感力のなさとは異なる。

こちらが距離を置いてから関わろうとしてくる

私は、親との噛み合わないやりとりがストレスになるので、こちらからはよっぽどの用事がない限り連絡しない。今まで、肝心な時にも助けになっていなかったのに、今になって関わろうとしてくる。実家に帰るきっかけにしたくて、ピアノまで調律していた。でも、私は頑なに帰らない。こちらが望んでもいない物を与えることでしか、関わり方を知らないのだと思うが、私はもう幼い子どもではない。機嫌だけとられるような気持ちになって、すごく不快に感じるから。親としては、多少の罪悪感があるようだが、もう今さら遅い。

自分の生活に集中できたら幸せ

私は、親に対する怒りが消化しきれず、離れて生活していても、考え方や生き方に影響を受けているのは実感している。noteの記事を書くことで、気持ちが整理できて落ち着くこともあれば、思い出して怒りが再燃することもある。いつか、怒りが薄れて自分なりに幸せに感じる生き方ができればいいなと思う。そのためには、自分の生活にまず集中することを優先したい。ずっと、家族や寺に巻き込まれていたんだから、もう境界線を引かせてもらいたいと思っている。怒りが消化できたら、投稿も減るのかもしれない。
とりとめない気持ちや分析を書きましたが、読んでいただいてありがとうございました。

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