バイク・・かなっこの際。様専用(メルカリかっ)
はじめてはヤマハのMR80だった。親父がバイクを乗る人で、とにかくトラブルの時のことを重視もし、自分で整備をこなせるようなシンプルで取り回しが容易なバイクをということで選定したらしい。浮谷東次郎についての漫画を読んだのはこの頃か。
二代目は同じくヤマハXT125。こいつとはいろんな場所に一緒に旅した。いちばん遠くは広島の尾道。大林宣彦監督「さびしんぼう」の聖地巡礼。
三代目はスズキRA125。水冷2ストロークのじゃじゃ馬で。冬近い夜、ロック喫茶から帰ろうとよく暖機をせずにバイクに跨った。エンジンがふけあがらず思いっきりスロットルを回すと、バイクは俺を振り落とし置き去りにして空中で一回転をキメつつガードレールまで吹っ飛んでいった。
気温7度の長雨の中を半夜薄着で駆けていろんなことが尽きて泣いた日のこと、真夏の一直線に伸びる農道が只々心地よかったこと、日が暮れる間際に峠にて亡き父との思い出の地への自転車旅行をしている中学生をけん引して一緒に山を越えたこと、高原のキャベツ畑、山中腹の獣道、磐梯山、海に隣接し北へと向かう101号線、上高地いろは坂、信州北陸諏訪湖さるぼぼ白山8番ラーメン、複雑骨折で三十か所ボルトをしてお前はキカイダーかっの柔術整体師がバイクに乗るときゃあ必ず防弾チョッキを着こんでたこ聞くとヒットマン対策だそうで(爆)、知人が白バイに100kmオーバーでとっつかまり書類作成のスキにメーターをリセットしたこと、筑波サーキットでいとこ同士の男の子が亡くなった知らせをきいた電話のこと、部品を調達しにいくバイク屋のオヤジが愛想がわるかったこと、愛知から秋田まで毎週末見初めた女の店にバイクで通い伴侶として持ち帰り凱旋したとあるバイク愛好者の純情ド根性、雨天のオフロードレースに公道タイヤで友達と出場しわずか2周で早々と帰路についたこと、ジャン・ミシェル・バイルが俺のヒーローだった頃のこと、白地のヘルメットにミュージシャンの名前を30人ほどペイントで書きこんで街中をゆくあのチョイ見せ欲とこそばゆい羞恥心・矢沢ステッカーを貼って胸高らか誇らしげ動じないピープルをリスペクトして、ヘルメットにスヌーピーのステッカーを貼りまくったものの猛烈に只々痛かったコト、三台のバイクがもう記憶のなかにしか無いってこと・・・ 皆是ただただ懐かしいばかりのことであって。