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タケシと社長マサオの物語
新規でカフェをオープン。
新規にカフェがオープンするまでの数ヶ月間、タケシの生活はまさにジェットコースターだった。
二十代後半のタケシは、60代のマサオ社長から突然「新規事業の責任者」を命じられた。
驚きながらも、これは大きなチャンスだと思い、やる気に満ちた出発だった。
しかし、その道のりは険しく、思っていた以上に厳しいものだった。
マサオ社長の口癖は「創業の精神」。
タケシが初めてこの言葉を聞いたのは、新規事業会議での会議中だった。
「創業の精神とはだな!覚悟と根性、そして情熱の塊だ!」
社長は熱弁を振るったが、具体的な行動指針が示されることはほとんどなかった。
ただ「創業の精神」を強調するだけで、その場を支配してしまうのだ。
「まず店内は和風で行くぞ!」と宣言した翌日には「いやいや、北欧風で統一しよう!」と全く違う方向性に舵を切る。
さらには「カフェじゃなくて、ラーメン屋でもいいかもしれんな」とつぶやく始末。
「どちらですか社長。急な変更は難しい時もありますよ。どちらですか・・・。」
タケシが抗議しても、マサオ社長は「創業の精神だ!」と曖昧な微笑みを浮かべるだけだった。
このやりとりが何度も繰り返され、タケシの心の中には疲労感がじわじわと溜まっていった。
ブラック労働の真っただ中な職場。
カフェの準備は過酷を極めた。
タケシは毎朝6時に出勤し、夜中の12時まで働いた。
休日など夢のまた夢。もう、1カ月位休んでいないかなぁ~。
資材の調達、内装の手配、メニュー開発、スタッフの採用など、やるべきことは山積みだった。
そんなタケシを支えてくれたのが、同じ釜の飯を食ってこの会社で育った同僚と言うか、戦友のアツシとタカシだった。
彼らも同じく新規事業のスタッフとして選ばれており、タケシとともにマサオ社長の指示に翻弄される日々を送っていた。
「マサオ社長がさぁ~、また急に看板のデザイン変えろって言い出したんだよ。」
「俺なんて、グランドメニューに牛丼入れろって言われたぞ。カフェなのに。牛丼だよ!牛丼。」
「ははは!牛丼は無理だろ。」
そんな会話が日常茶飯事だったが、愚痴を言い合うことでストレスを発散し、仲間として良いも悪いも絆を深めていった。
深夜の作業後にコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら笑い合う時間が、タケシにとっての癒やしだった。
それでも試練の日々は続く。
タケシにとって特に苦しかったのは、内装工事が思うように進まなかった時期だ。マサオ社長は「節約だ!」と言って、安価な業者を選んだが、その結果、工事が遅れに遅れた。
「これじゃオープンに間に合わない!」
タケシは何度も訴えたが、社長は「大丈夫だ、創業の精神で乗り切れ!」と取り合おうとしなかった。
結果的に、タケシは自分で職人を手配し、工事を仕上げることになった。
睡眠時間を削り、頭を抱える日々だったが、戦友で同僚のアツシとタカシの協力もあり、なんとか目処をつけることができた。
いよいよオープン。
ついにオープン日がやってきた!
何度も変更された内装は、それなりにおしゃれに仕上がった。
初日の売り上げは期待以上だったが、タケシの頭の中には「創業の精神」の言葉がぐるぐる回っていた。
「結局、これが何なのか、まだ分からないままかもな。」
そう思いながらも、彼は歯を食いしばって頑張った。戦友で同僚のアツシとタカシも笑顔で応援してくれていた。
その後のタケシも。
数年後、タケシは独立し、自分のカフェをオープンさせた。
開業当初、資金はギリギリで、店にお客が来ない日もあった。
そんなとき、ふと頭に浮かんだのはマサオ社長の言葉だった。
「創業の精神」
あの時は無茶苦茶だと思ったけど、今ならその意味が少しわかる気がする。
覚悟を持って一歩を踏み出すこと、そして逆境にも負けずに進み続けること。それがおそらく社長のマサオさんがおっしゃっていた創業の精神なのだろうと。
タケシは目の前の客に笑顔でコーヒーを差し出しながら、小さくつぶやいた。
「あの社長、意外といいこと言ってたんだな。」
そしてタケシは、心の中でそっとマサオ社長に感謝を告げたのだった。
おしまい。
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