
ミルクなんて買えない!!
子連れの物乞い
英語は話せない。恐らく現地の言葉しか話せない。小さな子供を抱っこした女性が友人の脇にピタリと張りつき、何かをせびっている。
物乞いだ。友人はずっと「No」と言っているのだが、それでもピタリと張りつき離れようとしない。どうやら先ほど友人は少しのお金を渡したようだった。それで味をしめたのだろうか、このエリアにいる限りは動いていてもつきまとってくるようだった。
助けるつもりもないのに目を合わせるのは失礼だ。わたしはそう思っている。目を合わせたら相手はきっと期待する。だからわたしは、その女性のほうを見ようともしなかった。
ところが、また別のタイミングでそこを通ったとき……そこは観光客も多い中心地のようなところなのだが、今度はわたしが捕まった。そのときにその女性を始めて見た。
……かわいい。なんてことだ、これでは男どもが放っておかなかったであろう……。それまで誰にも施しを与えてこなかった友人が、彼女にお金を渡した理由も分かる。
華奢な体だった。小さな子供と空の哺乳瓶を持ち、上目遣いで手を出している。ミルクを買ってくれと言っている……。しかし、わたしは条件反射のように「No」と断ってすぐさま振りきった。
ミルク買えるのか?
わたしは彼女にミルクを買ってあげたい気持ちになっていることを友人に告白した。友人は笑っていた。
悪い癖だった。しかし、物乞い相手に恋に堕ちそうになるのは、わたしもこれが初めてだ。なんだったら彼女とこのままインドで暮らす未来もありかも知れない……などと、あり得ない妄想まで膨らませた。
用のないときには寄ってくるのに、探しているときに限って見つからない。わたしのリクエストで再び彼女のテリトリー内をぶらっとする。
ところが1周回っても2周回っても出くわさない。どこへ行ってしまったのだろう……。まぁ、あれだけかわいいのであれば、わたしが買い与えなくても誰かが買ってくれるだろう……。待て待て待て待て、旦那はどうした? ミルクは旦那が買えよ! そう思ってもみたが、そもそも旦那などいないのかも知れない。
翌日、やはり探していないときに限って彼女は現れた。今日も空の哺乳瓶を持っている。
わたしの気持ちもまだ冷めていなかった。この哺乳瓶を満たすミルクくらいならいくらもしないはずだ。
試しに彼女の誘いに乗ってみることにした。ここはインドで、こんなことでも普通に済むとは思えない。一応保険はかけておく必要がある。用心して彼女についていくことにした。友人には待っていてもらう。
どうやってミルクが売られているのか見当もつかなかった。チャイ屋にでも行って哺乳瓶にミルクを入れてもらうのだろうか、と冗談ではなくてその程度に考えていた。ところがついていった先は意外にも薬局で、ご所望の品は粉ミルクだった。
「おお、丸々買ってくれということか……」それは考えもしなかった。「いや、それなら本当に旦那が買えよ」とわたしは再び心で唱えたが、粉ミルクの料金を訊いて、「そりゃ、無理だな……」と思った。
1箱450ルピー。普通に高い。1食50~100ルピー程度で外食できるこの国で、450ルピーという金額は決して安くない。そしてそれはわたしにとっても同じで、普段から節約してことを考えると、まるっきり赤の他人のこの子にミルクを買ってあげる義理などなかった。
薬局の人は粉ミルクをもう1箱出してきて、そちらは100ルピーだと言った。何が違うかと尋ねると、「こっちは赤ちゃんにとって最悪だ」と答えたので、とてもじゃないがそんなもの買うわけにはいかなかった。そうしてわたしは彼女から逃げるように薬局を後にしたのだった。
ミルクはもらえるのか?
またその翌日も彼女の姿は見かけた。
来る日も来る日もそんな感じで、本当のところはどうなのだろう。ミルクを買ってくれる人はいるのだろうか? それとも結構買ってもらえていて、家には粉ミルクのストックが山ほどできているのだろうか? そしてそれをそのまま横流しにできるネットワークでも実は持っているのではないだろうか? とあり得ないだろう、そんないやらしい想像もしてみたが、本当のところは本当に分からない。
インドにいると他の国より物乞いと向き合うことが多くなる。前回と今回と物乞いについて書いてみたが、結局のところわたし自身どうするのが正解なのか分からないし、そもそも正解は求めていない。ただ、毎回この地に足を運ぶと必ず一度は考えさせられるテーマだと、今回改めて思ったわけだ。
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