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金の麦、銀の月(15)

第十四話 もうひとつの月

二十二時のレイトショーが終わり、私は映画館を後にした。すでに外は真っ暗だが、幸いにも映画館は三十秒も歩けば大通りに出られる場所にあるので、さほどの心配はなかった。家の最寄りまで行くバス停もほど近い。

バスに乗りゆらゆら揺られていると、ついうとうとと微睡んでしまう。これまでに何度か乗り過ごしたこともあるが、今日はどんよりとした気分で目が冴えていた。真っ暗な空には月が浮かんでいるが、すっかり霞んで見える。月は私の心情を見抜いているのだろう。静かに私を見つめているようだった。

家に着くと、一通りの家事を終えた様子の母がリビングでお茶を飲んでいた。

「おかえり。今日は堀ちゃんと?」

うんん、と首を横に振り、自室に荷物を置くと私は足早に洗面所に向かった。母にこの暗い顔を見せると何か言われそうな気がしたのだ。ぼんやりと手を洗っているとリビングから母の声がした。

「お湯張ってあるから、お風呂入りなさい。」

わかった、と返事をして私はそのまま風呂場に向かうと少し熱めの湯に冷えきった身体を沈めた。

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すっかり上せた私は自室に戻ると、ぼうっとする頭で椅子に座っていた。ふと文化祭でもらったパンフレットが目に入り、なんとなくパラパラとめくってみた。朝早くに堀と整理券の列に並び、演劇部の舞台を見に行ったのが懐かしい。あの時はたしか佐野先輩が演者として舞台に立っていて…。懐かしい記憶をめぐっていると、突然ある場面が蘇ってきた。

あの劇はたしか、ひどく静かで、女性を思わせる穏やかで上品なものだった……。私は誰が書いた作品なんだろうと、パンフレットの最後のページまで読んだはずだ。
私はあの時と同じように、急いで最後のページの文字列を目で追った。題目のすぐ下にその名前は書かれていた。

「ともしび」
脚本:松月藤子

その名前はもう何度も目にしていた。そして、初めて彼女を映画館で見た日が思い出された。細く白い指で差し出される、薄い緑色の会員カード。その裏に美しい文字で書かれた松月藤子という名前。それを思い出した時、狐を思わせる切れ長な目に見つめられているような気がして私は小さく息を飲んだ。

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‎◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

‎◈登場人物◈

松月藤子(まつづき・とうこ)
映画館の常連客

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