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【ネタバレ有】「スオミの話をしよう」の話をしよう【☆4.2】

あんたに何が解んのよ!!!

ツンデレスオミ

三谷幸喜の新作映画「スオミの話をしよう」を観てきました。
とても好きな作品だったので、感想を書き留めておきます。

「ほぼ寒川邸内の会話劇である」という、あまり映画らしくなく舞台に近い構成であるのは、三谷幸喜作品あるあるではあるので、そこは気にしませんでした。大スペクタクルを求めたら肩透かしを食らうのは、そうかもしれませんね。

また、筆者の好きな三谷幸喜作品は「真田丸」「鎌倉殿の13人」「ラヂオの時間」です。


三谷幸喜の真骨頂① シュールな笑い

寒川「ローストビーフはもっと血の滴るようなレアじゃなきゃいけねえ」
魚山「心得ました」

スオミの料理下手が寒川に露見して

何よりもまず、コメディパートが面白く安心して観ることができました。

コメディのジャンルとしてはいわゆるシュールギャグで、キャラが「おもろいやろ!!!」と人を笑かす言葉を発するのではなく、あくまでそのキャラ個人の考えていることを表明した結果、面白くなって"しまう"
そして、観客はそれを観て「そうはならんやろ!」とセルフツッコミを入れて、笑うという構成であったと思います。

私はそういった類のコメディが好きなので、大変楽しめました。

近年の三谷幸喜監督作品は、役者のアドリブギャグに尺を取りすぎてやや滑っている印象のものが多かったのですが、今作ではアドリブはあまりなく、落ち着いていたと感じました。三谷幸喜は自分の脚本にもっと自信を持っていい…。

三谷幸喜の真骨頂② 丁寧な人物描写

「年が離れていたけど とっても頼りになった」、魚山。
「プライドは高いけど 行動力は抜群」な、十勝。
「これといって良いところもなければ 悪いところもない」、宇賀神。
「神経質だけど まあまあ格好いい」、草野。
「自分勝手な大馬鹿者 だけどなんだか憎めない」、寒川。

(元)旦那が皆憎めず、一面的に良いやつでもなければ悪いやつでもないのはさすがの三谷作品。とてもよいキャラクターたちであったと思います。

特に自分と重ねてしまったのは草野でした(顔ではない)。
一切の「マウントを取ってやろう」という意図はなく、本当にそのアドバイスをすることよって良くなることを願って、ああいうお節介を焼いてしまうこと、ありませんか?私はたまにやってしまい「いや、これは俺が言うべきことではなかったな…」と反省することがあります。

そしてそれは、他人にとっては時に刃物となり、心を萎縮させる原因になる。
それがとても丁寧に描かれていたお気に入りのシーンが、タクシーのシーンです。乗客が草野であると解るまではテキパキと仕事をこなしていたスオミが、途端に前髪を下ろし、カーナビもうまく扱えなくなる。

そう、同時に強く、作中で最も共感したキャラクターがスオミ
関わる人やコミュニティによって、求められるロールというものは異なり、キャラクターも大きく変化する。自分は特に、そういった迎合をしてしまうタイプの人間です(前述の草野的性質と矛盾するだろ、という指摘はご尤も。でも不思議なことに、両立するんですよね)。

だから、スオミの描写はひとつひとつが痛々しく、自分の胸に魚の骨のように刺さるような感触がありました。

魚山大吉の存在

最初の夫は年が離れていたけど、とっても頼りになるひとだったわ

「ヘルシンキ」より

ですが、そんな中で異彩を放っていたのが魚山大吉
旦那たちの中で唯一、スオミは彼に対してだけ強い言葉を発します。通称「ツンデレスオミ」です。
スオミが旦那に対して、自己主張をすることは稀です。魚山以外の旦那に対しては、相手に合わせて自分を引っ込める・変えるという振る舞いをしてしまいます。

ただし、魚山に対してだけは例外でした。
彼のことは「おっさん」呼ばわりで、非常に口が悪い。罵る(魚山も喜んでいるフシがある)。でも、それだけではないんです。
魚山との回想シーンで、魚山は高カロリーな食事を食べることに難色を示すも、最終的にはスオミと同じものを食べることに同意します。
また、スオミも譲歩してくれた彼を思いやり、ランニングに付き合います。

これ、理想的な人間関係のひとつですよね。お互いに配慮して、埋め合わせをして、良い関係を築く。言いたいことは言い合う。魚山はスオミにとって、そういった関係を持つことができる数少ない大人だったのではないでしょうか。

母スオミとの三者面談の折も、魚山は「スオミが希望する進路に進んでほしい」と、スオミを慮っています。教師と生徒という関係から始まったアブない関係ではありましたが、信頼していたのは確かでしょう。

でも、教師の立場を追われた魚山との関係は、スオミの夢のためにはなりませんでした。

クライマックス、質疑応答

三谷監督が一番撮りたかったシーン、これは間違いなくラストのスオミが旦那達全員に囲まれ、キャラクターをころころと変えながら質疑応答に応じるシーンでしょう。
長澤まさみの起用はまさにここを実現するためだったのだ、と思わず納得するほど、緊張感をまとったシーンです。

ここに向けて、本作では丁寧にスオミというキャラクターの危うさを描いています。また、その危うさに無頓着だが憎めない、旦那たちの描写も積み重ねられています。そんな彼らが繰り広げる質疑応答のシーンは、セリフの一つ一つが笑えると同時に、見方によってはシリアスにも映り、見ごたえがあります。

そんな中、矢継ぎ早に違う旦那から質問を投げられ、キャラクターの切り替えが間に合わなくなり、とっさに出た言葉が

「あんたに何が解んのよ!!!」

魚山をまっすぐ見据え、この言葉を口にすることしか出来なかったスオミには、じんと来るものがあります。

「スオミ」は万人の心に宿っている

スオミは「他人に迎合してしまい、自己をうまく表現することができない」という人間のメタファーです。

誰でも少しぐらい、そういった経験はありますよね。

私は、親の前では子ども時代の自分との連続性を持ったキャラクターを演じています。一人称は「ぼく」。純朴で、素直で、家族を大事にしている。
職場の部下の前では、頼れる上司としてのキャラクターを演じています。一人称は「わたし」。ナメられたら仕事に支障を来たすので、毅然とした態度を取っています。

でも、どれも、全部自分なのです。
なので、僕にはこの映画は他人事のようには思えませんでした。自分のこと、もっと言えば普遍的な人間の心が描かれているなと、素直に感じたのです。

そんなスオミは、この映画のラストで颯爽と、スムーズな発進で車を運転して去っていきます。しかも、ネックレスは短めに身に着けて。

こんなに勇気がもらえることがあるでしょうか。
自分を見つめ直したことによる再出発、でもかといって、想い出を捨て去るわけでもない。両方を肯定してくれる、とてもキレイな映画じゃないですか?

でも私にはもっと好きなものがあるの。それは…

ヘ~ル~シンキ♪
    ∧_∧  
 ((o(・ω・` )(o))
   /   /
  し―--J 

      ♪ヘルシンキ~
   ∧_∧
((o(´・ω・)o))
   ヽ  ヽ♪
   し―-J

いい映画でした。次回作も楽しみです。早く、次の三谷大河を…(欠乏)。


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