いまとなつては詮無き恨み言にて塵箱行き/書簡体小説
前略
おまへといふには二十數年前に別れて以來故聊か氣安過ぎるやうにも思へるが、おまへを貴殿などと呼ぶのはわたくしにはどうも癪に障る。こんなものはだうせ何處へとも辿り着きもしないのだから許せ。
わたくしは恨んでゐる。
龍之介、おまへのことを怨んでゐる。
おなじ芥川であり、また、おなじ小説を書くものとして、昨今のおまへに對する世間樣の熱中といつたら。こんなことはわたくしにとつて忌ま忌ましいことこの上ないのだ。おまへが文壇で評價されてからといふもの、芥川と言へばおまへと云ふふうになつてゐる。まつたく忌ま忌ましい。わたくしが本を出しても一見おまへのものに見えるので芥川と云ふ見かけの名に釣られるものこそゐるが、かへつて手に入れてくれるものは少なくなつた。お陰であるかなきかであつたわたくしの輝かしき榮光は夢幻と消えたのだ。
龍之介よ、おまへのことをわたくしは怨んでゐる。若くして沒したおまへのことを怨んでゐる。おまへがゐなくなつたこの世で、わたくしはおまへが一舉に獨占した芥川と云ふ名を取り戻してみせる。せいぜいあの世とやらで悔しがつてゐるがいい。
それから、わたくしはだうせ地獄でもなんでも落ちるのだから、最期までさうであつたやうに氣にせずとも宜しい。
芥川孤蝶 草々