『路地裏のウォンビン』書評|正統派BL魂(評者:溝口彰子)
少年から青年へ、ウォンビンとルゥ二人の成長と生き様を描いた小野美由紀さんの『路地裏のウォンビン』を、『BL進化論』等で知られる溝口彰子さんにご紹介いただきました。
BL(ボーイズラブ)をひとことで説明すると「男性同士の恋愛を軸にした物語群」ということになる。
それは間違いではないけれど、商業BL小説や漫画をガンガン読んできているBL愛好家の方々は、私が次のように言っても賛成してくれると思う。
二者がお互いをどうしても必要とする関係性をとりあえず「愛」と呼ぶとして、では、その「愛」とはどういうものなのか、恋愛を当然の前提とせずに、友情? 庇護するものとされる者? 相棒? ライバル関係? など、いわば、「愛の定義を再検討」することがBLの得意技だ、と。
だからこそ私が『BL進化論』で示した「広義のBL史観」では、1970年代の少女漫画、特に萩尾望都の『ポーの一族』を重要なBLの先祖だとしている。だって、エドガーとアラン以上にお互いを必要とする絶対的な関係性って、そうそうあるものじゃない。
『路地裏のウォンビン』は、何が起ころうとも離れがたいウォンビンとルゥの二人を描いているという点において、正統派BLといえる。また、今日の商業BLが「愛の定義の再検討」をしたのちに恋愛に帰結する作品がほとんどであることをふまえると、二人の関係性がそうではないことは、商業BLの幅を拡げる可能性があり、評価できる。1998年後半から愛好家兼研究者としてBLに取り組んでいる私としては、BLが豊かになることは大歓迎だ。
我々の現実の延長線上にはとても存在しそうもない特別な関係性の少年同士を架空の中華圏っぽい世界で描き切る剛腕もよし。
だが一方で、肝腎要の読みどころ(二人が、恋人でも兄弟でもないのに、切っても切れない関係であること)について、読者が心置きなく感動できるようにするためには、細部にスキがあってはいけない。私には、脇役が使い捨てだと感じたり、一部中国語ではなくタイ語に思える言葉が混じったりといった細部が気になってしまい、世界観に浸りきることが難しかった。読者が、キャラクターと一緒に感情が揺さぶられて、さらにカタルシスを得るまで物語に引っ張りこまれるためには、作品側に、さらなる気遣いと優しい設計が必要だ。
強烈&濃厚なBL魂が感じられ、だけどまだスキもある。そんな作者に、かの『小説道場』の道場主こと中島梓ならどういった言葉をかけるのだろう、とふと思った。そこで、BL小説の成立に多大な貢献を果たした天国の中島氏に敬礼しつつ、「道場主風」に本稿を終えることにしたい。
「うぇるかむ、小野美由紀くん。君の『ピュア』は読んでいたけど、まさかBLに来てくれるとはな。次回作を楽しみにしているよ」
溝口彰子(みぞぐち・あきこ)
早稲田大学など非常勤講師。ビジュアル&カルチュラル・スタディーズPhD。著書『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(2015)、『『BL進化論〔対話篇〕』 ボーイズラブが生まれる場所』(2017)が2017年度「Sense of Gender」賞特別賞受賞。
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