『うどんリープ―香川に帰ったらタイムリープから抜けられなくなった件―』書評|故郷と都会の時間の差(評者:要潤)
読み始めた時、まさか自分自身のストーリーが描かれているのかと思った。
高校卒業を機に故郷を出て、都会の喧騒に紛れながら仕事もプライベートも関係なく、どんどんと都会の垢が身に纏わりつき、自分を見失いそうになった時、思い立つとよく故郷に帰省した。地元香川県は海と山の距離が近い。実家に向かう海岸沿いにある浜街道なんかを車で走り、目の前に広がる瀬戶内海の水平線をぼんやり眺めていると、穏やかな波が静かに自分の身体にこ
びりついたその垢を洗い流してくれるような気がした。
本書の物語の主人公・⻨野達也の帰省シーンは、まさにそんな当時の自分を表しているような序章だった。時の流れが早すぎる都会で、企業戦士として毎日をせわしなく過ごす達也が、大型連休を利用して数年ぶりに地元香川県に帰省する。そこには上京前と変わらぬ当時のままの故郷の姿があった。両親との会話、目に見える景色、聞こえてくる音まで子供の頃と何ひとつ変わっていない。そう、まるで〝タイムリープ〟したのではないかと錯覚してしまうほどである。
本書はまさにその〝タイムリープ〟がキーとなる。前述した筋の所謂〝ほんわか〟した田舎話ではない。なんと香川県の名物である「さぬきうどん」を踏まえて、それはそれはとても壮大なタイムリープSFラブストーリーに書き上げている。どこか別世界の秘密結社が企みそうな信じられない出来事、またはジブリ映画さながらの冒険的要素を備え、ストーリーはテンポ良く主人公がタイムリープしながら展開される。決して⻑くはない連休の間に主人公と恋人の関係は時間を繰り返すことで、遠のいた距離を縮める事に成功する。しかし、そこには達也が想像もしなかった事実があったのだ。
はー、完全にしてやられた感はある。。。
本書は、人間の複雑な心情を見事に捉えた物語であると云える。しかし、欲を言えば周りを固める登場人物の心情と設定をもう少し知りたかったと思う。地元に残った恋人の葛藤、都会に出て故郷を忘れたような息子を想う老親の心境など、そうする事でこの主人公目線の一人称で進む物語はもう少し幅が広くなり、読者の感情の奥行きと共に、起承転結にも深みが出たであろう。例えば僕も愛してやまない「アバター」や「インターステラー」など恋愛とSFの傑作映画では、発想の大胆さと感情の深みを見事に両立している。
と辛口の述べたものの、発想を楽しむことにおいて、本書は充分に成功しており、その手を好む読者には特に気に入っていただけるだろう。
我が地元香川県の穏やかな土地と平和な人々がここまでのストーリーになるなんて、本書を書き上げた著者には地元を代表して感謝を申し上げたいと思います。
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