人類を変えた衝撃的な体験!?
ジョン・ヒッグス,2019 『人類の意識を変えた20世紀』(インターシフト)
人間の本質は変わらない、などと言われますが、本当でしょうか? 社交的な人は生まれつき社交的で、死ぬまで社交的なのかというと、そうでもないと思います。衝撃的な体験をした場合、すぐにはそれと気付かなくともだんだんと影響を受けて気づいたら、人が変わっていたなんてことはあります。実際に、社交的だった人が、何かのきっかけで引きこもりになったりなんてことも、ありそうなことです。
ここで取り上げる本では、人類全体が、ものの考え方/感じ方が20世紀で大きく変わってしまった、ということが、手を替え品を替え説得的に語られます。19世期には理性的で、明るい社交家だった人類が、20世紀には気難しさと軽妙さを兼ね備えた、複雑で面倒臭い変わり者になってしまった! この大変身を、アインシュタインからスーパーマリオまで、色々な事象を取り上げながら、繰り返し繰り返し語ってもらえます。文化史、芸術史にご関心にある皆様に、ゆっくりと本著を堪能していただきたいと思います。
主題は反復されるので、掴みやすいですが、以下に書いておきます。
人類を大きく変えるきっかけになった体験って何?
答えは、へそがなくなったことです。
へそって何のこと? ここでは、世界の中心を指しています。中心がなくなれば、自分の位置を絶対的に理解することはできませんし、それだけではなく、運動も相対的になります。前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、天とか地があると言えるのか、全ては絶対的には解明できません。この宙ぶらりんな体験は、確かに人を変える位のインパクトはありそうです。
では、どのようにして、中心は動揺していったのでしょうか。本書の第一章で取り上げられるのは、実在したテロリストです。1894年、アナーキストであった彼は、ある建物の爆破を企てます。建物とは、国会議事堂ではありません。何と、グリニッジ天文台です。彼が住んでいた場所からは国会議事堂の方が近かったのですが、爆弾を持って現場に行くのに、わざわざ遠くのターゲットを目指して移動するとは、変わった人もいたものです。
一体、何でやねん、とツッコミを入れたくなると思います。しかし、意味はあったのです。グリニッジ天文台は、当時本初子午線とされており、まさに世界の中心、へそでした。中心を解体することこそがアナーキストたる彼の願望だったのでしょう。
ところで、爆弾は彼が目的地に辿り着く前に爆発してしまいました。だから天文台は無事だったのですが、中心への攻撃は、これで終わったりはしませんでした。彼は一種の先駆けに過ぎません。中心を破壊しようとする芸術運動や政治的出来事、科学的発見が、この後反復され続いて行きます。
そして、あるとき、人類は気づくのです。世界の中心は、もう崩壊していたのだ、と。中心の喪失を巡る芸術、科学、文化事象について、詳しくはぜひこの本でお楽しみください。
参考:
似たような本としては、ハンス・ゼードルマイヤー『中心の喪失』、モードリス・エクスタインズ『春の祭典』があります。私には懐かしい名著です。再読して、いつか取り上げたいですね。