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私の中でよみがえる鉄分 ① 鶏飯電車

ご提案があるのですが

「大井川鐡道でございます。
uncle様のお電話でよろしかったでしょうか?」

お昼休み、スマホにかかってきたのは、若い男性社員の声でした。

「あ…イヤな予感!」

大井川鐡道の企画する鶏飯(けいはん)電車という、イベント列車に申し込んだのですが、使用する電車が故障してしまい、運行できなくなってしまったとの連絡。
「キャンセル返金とするか、またはSL急行かわね路に振り替えての乗車ではいかがでしょう?」とのご提案です。

「やっぱし…」

近鉄から譲渡された中古の特急車両16000系に乗って、奄美大島の郷土料理 鶏飯を食べよう。

鶏飯…けいはん…京阪…。

「近鉄電車に乗っているのに京阪電車とはこれ如何に?」
と、閑散期の集客対策にと、発案した鳥塚社長のギャグが「観光ダジャ列車」として実現したのがこの企画だそうです。
ちなみに鉄道と奄美大島との関係は未だに謎です。

この16000系、見た目は優美ですが、製造は1960年代が中心のアラ還車両。近鉄から導入した当初は3編成が在籍していましたが、老朽化と不慮の事故で稼働しているのは現在1編成のみ。
いつ全廃されてもおかしくない状況なのです。

見た目は優美だけど、いつまで乗れるかな?

SL列車にしても、しばらく乗ったことはないし。
それに、今、大井川鐡道は大変な時期だ。協力しないとなぁ。
キャンセル返金はいかにも不合理な判断になりそう。
そう判断の上でお答えしました。

「是非もありません。SL列車への振り替えということでお願いします。」

動く鉄道博物館に試練が

そもそも大井川鐡道とはSL列車を通年で運行する唯一の私鉄。
春から秋の行楽期間は機関車トーマスとコラボしてのキャラ列車で家族連れに大人気の観光鉄道として知られています。

路線は島田市・金谷から大井川に沿って北上し、川根町の千頭(せんず)までが「大井川本線」として、その先はアプト式のトロッコ列車路線となり「井川線」として、山深い静岡市・井川まで通じています。

1976年にはSLによる観光列車「川根路号」を復活させ、日常の足として通常運行する電車も各地の私鉄から中古車両を譲り受け、「動く鉄道博物館」として自他ともに認める存在となっていますね。

しかし、SL列車が走る肝心の大井川本線は2022年の台風で発生した土砂崩れで、現在では金谷駅と川根温泉笹間渡(かわねおんせん・ささまど)駅の折り返し運転となっており、そこから先は代行バスで千頭まで行かねばなりません。

不通区間を並行して走る道を時折バイクで走ると、駅や踏切、線路など、草が繁茂して、列車が運行されないことによる設備の荒廃を早くも見ることができます。
これは観光鉄道としては痛いどころか大きな試練と言えるでしょう。

そこで、冬の閑散期に集客して収益の改善を図ろうと、豪華な会席弁当付きの食堂車「オハシ」や今回のような鶏飯電車を走らせているようでした。
行楽期間に入れば、通常のトーマス号の運行に戻る予定のため、まさに期間限定の企画だったりします。

実はこの16000系、私にとっては大変思い出深い車両なのです

私の父の実家は奈良県の吉野山。
大好きな祖父・祖母に会いにいくのが、子供時代の最大の楽しみ。

私が初孫ということもあって、着いてしまえばやりたい放題、し放題の世界。まぁ、子供の希望がほぼほぼ叶う、夢の地でもありました。

その最後の行程が近鉄 南大阪・吉野線を直通する特急電車…すなわち、オレンジとブルーに色分けされた優美な16000系に乗ることこそ、私にとって、夢の地へ送り届けてくれる最後の馬車に乗ることでもあったのです。

まさに特別な存在の16000系だったのでした。

初めて蒸気機関車に触れた記憶

思えば、亡き母の郷里は宮崎県・都城市。
めったにいける距離ではなかったのですが、数年に一回程度の間隔で里帰りに連れて行ってもらっていました。

今から53年前の夏、西都城駅で鹿児島行きのディーゼル急行を親子で待っていると、待機中のSL列車が目の前にたたずんでいました。

イメージとしてはこんな感じ

そのころから鉄ちゃんの要素が私の中にあったようです。
おもわず蒸気機関車に駆け寄り、何枚か記念写真を母に撮ってもらっていた時でした。

「ボク、乗ってみるかい?」

運転席から顔を出した、初老の機関士が声をかけてくれたのです。
これは千載一遇のチャンス!さっそく運転台にあげてもらいました。

「わぁ!」

運転台は蒸し暑く、あちこちに配管やバルブが張り巡らされ、そのメカメカしさに圧倒されます。
意を決して、おずおずと尋ねてみました。

「汽笛はどうやって鳴らすんですか?」
「ここだよ、押し下げてみなさい」

言われたレバーを神妙に押し下げてみると…

「シュポォォーー!🚂」

これだ、この音だ!
汽笛が駅中に響き渡ります、駅の周辺にも盛大に鳴り響いていることでしょう。
続いて、一緒についてきた弟も同じように鳴らさせてもらいます。
子供ながら、SLの迫力に完全に圧倒され、脳裏に焼き付いた瞬間でありました。

その後、学生時代に訪れた中国でSL列車に乗る機会はありましたが、停車中と言えども外国人を運転台に上げることは許されるはずもなく、蒸気機関車との思い出は西都城駅の出来事のみです。

さて、スマートな近鉄特急と無骨な蒸気機関車。
私にとって「鶏飯電車 改メ SLかわね路号」に乗る動機は「心の中で交差する幼い鉄分の記憶がよみがえるから」以外に考えられないのでありました。

このお話は次回に続きます。

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