台湾・邂逅(kai-koh)記 ②
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早くも読書に挫折して、機内持て余し人生を送っているオレにスチュワーデスがおしぼりを差し出した。
「あ、どもども♪」
熱いおしぼりでパッパと手を拭い、テーブルの上に乗せる。右横を見ると彼女も同じ所作。
(あたりまえか、これでいきなりおしぼりを頭の上に乗せたら露天風呂だもんなあ)
と思考すること暇の極致。やがてスチュワーデスが使用済みおしぼりを回収にやって来る。スチュワーデスの腕が目の前を行ったり来たりするのが鬱陶しいので彼女のおしぼりもついでにつまんで返してやる。
「あ、すいません」
彼女は女性週刊誌を読みはじめていた。
(あーあ、つまんねーな)
またまたスチュワーデス登場。機内難民に救いの手を差し伸べる。
「お飲み物はいかがいたしましょうか?」
「そうだな…、アップルジュースとウオッカね。えー、氷も入れてね。」
実はこれはこれでビッグアップルと名付けられた、ビルドスタイルの立派なカクテルなのだ。一時狂ったようにカクテルに入れ込んでいた時期があり、先生と呼ばれた馴染みの老マスターに教えを請いつつ、東西の酒を集めまくり、毎日のようにレシピとにらめっこしながらキッチンでシェイカーを振っていたオレにとって、ありきたりの材料の中でロングドリンクス系カクテルを注文するのは得意中の得意なのだ。
ちなみにこのビッグアップルのジュースをオレンジに変えるとレディーキラーで悪名高いスクリュードライバーになるのだ。ま、最近は女性のほうでも良く知っていて、
「まあ、スクリュードライバーなんてこの後私をどうかするんじゃないかしら、フン!」
と妙な誤解を受ける場合もあるので、その場合はベースをホワイトキュラソーに変えたウラワザ的注文をするなんてこともあり、今更頼むことも無いのだが。
肝心のビッグアップルの味はスチュワーデスの苦心作にもかかわらず、アップルジュースが台湾製のこともあって今一歩であった。
(右の彼女は何を注文するんだろ)
にわかに彼女の言葉に注目した。
「白ワインを」
彼女は控えめに答えた。
おお、「を」できましたか「を」で。「白ワインを」の「を」で止めたところに、ゆとりとコダワリを感じるぞ。
普通、日本の女の子なら飲み物を注文するに当たって
「白ワインをください」とか
「えーと、白ワイン」とか
日本発着の国際線にありがちな多少ドギマギ感を交えながら、小市民的風景が機内のそこかしこに展開されるのが普通だが、彼女の妙に落ちついた受け答えは
「お?」
と思わせるのに十分であったのであったのだ。彼女はプラスチックのグラスにワインを注ぐとそれをコクコクと飲みはじめ、おつまみのあられをポリポリとつまんでいる。
そのうち機内食が回ってくる。うなぎ飯かビーフを選べとスチュワーデスが迫ってきたので、台湾メイドのうなぎ飯はハナから期待していないよと迷わずビーフにする。彼女はうなぎ飯を選んだ。オレは早々に食いおわってしまう。次の一杯を飲むためなのだ。彼女はお上品にゆっくりとした箸さばきで口に運んでいる。
(ありゃ、ご飯粒落としちゃった)
上品そうな彼女の粗相に何気なく気づいてしまったオレはなぜか親近感を覚えてしまうのだ。
先程、彼女が旨そうに白ワインを飲んでいたので何となく飲みたくなって、同じ物をもってきてもらう。ストレートな嗜み方では芸がないので、さらにクラブソーダを注文する。しかし、これがなかなか通じない。というのもオレの列を担当するスチュワーデスが台湾人に変わったのだ。
「クラブソーダ持ってきてね」
「ハイ?」
「炭酸水です、ソーダ水です」
「ハイィ⤴?」
台湾美人スチュワーデスは思いっきり愛想よく微笑んでくれるが、意味も思いっきり通じていない。
「うーん、これ以上簡単に説明できないよ」
「チョト待ってください。聞いてきマス」
(しまった…確か炭酸水は北京語で汽水とか書くんだよなあ、うゎ、どう読むのだ?そうかカーボネイテッドウォーターか?ううむ、自信がナイぞ)
などと高速回転で思案している内に、有能な台湾人スチュワーデスは先輩に聞いてきたのか
「これでイイデスカ?」
とキチンと冷えた缶入りクラブソーダを持ってきた。
「うゎ、ありがとね」
さっそく白ワインとソーダを1対1で割ってスプリッツァーを自らこしらえる。これがなかなかライトで旨い。
(真夏の海辺、パラソルの下で飲みたい味だなあ。このまま飲みつづけて、後は寝てしまえば成田までは楽勝だ。)
と一人乙に入っていると、右の彼女が突然話しかけてきた。