小説『ヴァルキーザ』 31章(5)
階上は広大な空間で、中心を稼働中の動力炉らしき巨大な器械の筐体が占有していた。
おそらくこれが、ターミナル・ジェネレーターだろう。
そして、その前に、容姿端麗な一人の小男が現れた。
男は、冒険者たちを見て嘲りの高笑いの声を上げると…
魔物の姿に変化した。
エルサンドラだ。
悪魔エルサンドラは、3つの面を持つ巨大な金色の頭と、その首の下から生える6本の細く長い金色の触手のような腕の肢体からなり、胴体の無い、全くの化物だった。
各々の手に握られているのは、剣や、あるいは宝玉、あるいは棍棒、あるいは魔法の杖など。
いま彼は、高く空中に浮遊している。
グラファーンたちは、悪魔に打ちかかっていった。
エルサンドラは一度に、多数の武器による攻撃と魔法を駆使することができるばかりでなく、凍気や毒気を放ったり、炎を吐いたり、急所打ちや、再生能力も備え持っている、まさに万能のボスモンスターだった。
冒険者たちは激しい闘いの末、様々な武器や魔法の力を用いて、ようやくこれを倒した。
しかし、冒険者たちの方も力を使い果たし、まともに立っていられるのはグラファーンただ一人となってしまった。
金色の鎧で身を守っていたエルサンドラは、その多頭多手の奇怪なフォルムの装甲を破壊され、再び生身の体だけの姿となった。
エルサンドラにとどめを刺そうとするが、グラファーンは自分の剣を落としてしまっていた。
再び剣を拾い取り、悪魔にとどめを刺そうとしたそのとき、グラファーンは、アンの言葉を思い出し、それを思いとどまった。
…エルサンドラを追い詰めても、決して殺してはならない…
エルサンドラの姿が消えた。
そこで、グラファーンは悪魔の姿を探し回った。
悪魔の姿は見当たらない。
グラファーンは死んだように目を泳がせる。
そのとき、虚空に輝く霊石が現れ、それが鏡のようにグラファーンを映した。
エルサンドラのささやき声が、次々と響き渡る…
「悪魔はどこだ…」
「悪魔を探せ…」
「悪魔を倒せ…」
グラファーンは辺りを見廻し、そして鏡の中を見つめるようにただ一点、自分の胸を見つめると、深く息を吐いて目を閉じた。
時の最果てに佇み、閉じた瞼の暗闇の奥で、彼は世界を想起し、自らの今までの行為の数々を想起し、そしてそれらの行いに対して、自ら無知で無自覚な心の盲であったことを想起した。
グラファーンは、いま彼の面前に立ちはだかっているその者の真の正体を直感的に識った。
すべては自分の奥より出でた投影…
即座に彼はアンに渡された短刀を取り出し、鞘を抜いて両手に持ち、叫びながら自らの胸を突いた。
「悪魔はここだ!」
するとエルサンドラは絶叫して、隠れ家のグラファーンより祓除けられた。
グラファーンは倒れ、死んだかのようになったが、
息を吹き返し、再び立ち上がった。
彼が、アンの短刀をよく見ると、刀身には刃が付いていなかった。
そして柄には"Anne"と刻印されていた。
胸の痛みをこらえて、グラファーンは姿勢を直し、ターミナル・ジェネレーターの方を見た。