小説『ヴァルキーザ』 32章(3)
時間協約はただちに施行され、それに基づく補償が民衆に対して行われた。
時の城主エルサンドラは、彼への権力集中制を放棄し、その独裁的な地位は実質上、無効化された。
ただ、時間協約の遵守のために、名目的には城主としての仕事を続けることになった。
これは身分制から人民主権の平等制への移行の契機となった。
そして各地で権力をふるっていた、悪魔なりし時のエルサンドラの手下…無法者、悪党、ごろつき、欲張り者、吝嗇の者、汚職した者、小利巧者、ドラゴン、黒僧侶、黒魔術師、黒フォロス、妖精、魔物どもによって不当かつ理不尽に人々からさらわれ、占有され、差し押さえられ、隠匿され、蓄えられていた富……金、貴金属、宝石、貨幣、宝物、手形、債券、土地、船、水車の使役権などの権利証その他の莫大な財産はみな、アルナディア五賢聖、ロードマスター、クロノポール(時間監察官)たち高位の者やユニオン・シップによる監督下でウルス・バーンの各国によって徴収され、財政難に陥っていた各国の王侯は、教会や騎士団、市民、農民、商人、職人たちによる厳格な監視のもと、諸経費と税金を差し引いたうえで、それらの富を、生活困窮していた国民たちに、然るべきやり方で…必要最低限の生活を保障するための普遍的な生涯生活保障給付として、現金で分配した。
また、イリスタリアでは王の聖断により、国が直接に通貨を発行し管理統制するようになった。
国は一般の国民に対しては広範な減税をした。
国はまた、その発行した紙幣を使い、医療や教育に重点的に金を注ぎ込み、また産業の育成にも多くの予算を割き、国民の雇用を安定させた。
民間の、高利貸金業は廃された。
そして国に巣食っていた、悪魔への内通者である幾人もの悪徳業者やカルト、王国の民に対して禿鷹のまねをした拝金主義者たちはみな、逮捕・処罰され、全てを剥ぎ取られて、国から追放された。
またイリスタリア国は、新たに得たその通貨発行制度を利用し、お金を作って予算を確保し、それにより、「時間協約」を経て時限的にイリスタリア国民にも分配されていた普遍的生活補助給付金の制度を、イリスタリア国における恒久的な社会保障給付金制度に格上げするよう決定した。
立法により国民の各人に対し、毎月15万円が支給された。
王国の自治都市のうち、分離を主張していたものに対しては、自治権拡大が認められ、高度な自治が保障された。
将来は独立の認可も、射程に入りつつある。
そして諸侯、騎士、商人、職人ギルド、都市の吏員たちが確認を要求していた古来の掟、法、良き慣習、そして王は国にシンボルとして君臨すれども統治はせずとの原則、絶対平和の国是、人々の自由および諸権利が、王国において成文法として、国民に対して再び確認された。
それは『栄誉憲章』と呼ばれた。
そこに保障された自由と権利とはすなわち、
男女の同権、表現の自由、法の下の平等、財産権、拷問の禁止、個人の尊厳、生存の権利、労働者の権利、法定の手続の保障、裁判を受ける権利、苦役からの自由、良心の自由、学問の自由、婚姻の権利…
等である。
そして憲章は、自体が国の最高法であると定め、大臣や判官、その他の官吏たちに憲章を遵守する義務を課した。
王もまた自ら、法の支配の下にあることを再び確認した。
このため民は王を讃え、祝福の歌を歌い、世は平穏に治まったという。