アルビアス冒険記 4
8.オーガーストーンの洞窟
そのときソリスは、オーガーストーンの洞窟と思しき洞穴の前まで行き着いていた。
小さな丘のように隆起して断層が見えるその場所のそそり立つ壁面に開いていた穴は、たしかに洞窟の入口のように見える。
彼女は辺りの様子から、ここがオーガーストーンの洞窟に違いないと確信していた。
「きっとこの中にオーガーストーンがあるはずよ…」
彼女はひとり呟く。
周りに誰もいないのを確かめると、ソリスは予定の通り、洞窟の中に入ることにした。
彼女は洞内の探検にあたって、腰に下げていた小袋から小石たちを取り出し、それを洞窟のちょうど入口の地面に、整然と並べ固め置いた。
この、シンボリックに配列された小石たちの塊は、ソリス自身が道に迷うのを防ぐための目印だった。帰路にそれを頼りに洞窟を確実に脱け出すためだ。
それからソリスは祈るように小さく天を仰ぎ見て、決心し、自分に頷いてから、洞窟に入っていった。
ソリスは灯りを手に持たずに行った。彼女は森棲人であるために、生まれつき夜目が利いている。そのため暗い洞窟の中でも灯りを点すことなく自由に動き回ることができるのだ。
彼女は洞窟の中でも、歩きながら時々、同じ様な目印を地面に残した。入口のものと同様、帰路に自らそれを辿って洞窟を確実に脱け出すためだ。
ソリスは洞内の暗い道をさらに奥へ進んでいった。
9. 探検
ソリスは洞窟内を探検し、中程まで進んだ。
洞窟の道は、はじめは一本道であるかのように思われたが、内部でいくつかの枝道へ分岐していることが分かった。いま彼女はその分岐点に立っている。
どの道を進もうか考えていると、彼女はふと、それとは関係のないことだが、この探検に出かける前に族長の大長老から告げられていた言葉を思い出した。大長老はソリスにこう教えていた。
「もしオーガーストーンを見つけても、決してそのまま持ち去ってはならない。オーガーストーンにはそれを守っている番人がいる。オーガーストーンを取っていく際は、必ずその番人の許可を得なければならない」
ソリスはオーガーストーンの番人というのが何者であるのか詳しく知りたくて大長老に質問したのだが、大長老は何も教えてくれなかった。
「それも試練じゃからな…」
大長老は意味ありげな含み笑いを浮かべるだけだった。
またソリスは、以前よりフォロスの住人たちから伝え聞かされていたオーガーストーンの伝説の欠片を思い出した。
「オーガーストーンは決して、勝手に別の場所に移してはならない。洞窟より他所へ持っていくと祟りがあるという…」
気を取り直して、ソリスは辺りの様子に注意を向けた。幸運にも彼女は、そのとき自分に迫る危機に気づくのに間に合った。
前方の狭い洞内の低い天井に何匹もの吸血コウモリがぶら下がっていた。それらはソリスの姿を見つけると、侵入者の血を吸いに次々と飛びかかってきた。
ソリスは手に持っていた杖を振り回してコウモリたちをかわし、追い払った。そうしながら彼女は、中央の道を選んで、洞窟のもっと深いところへ向かって歩いていった。
10. 青く光る石
様々な困難を切り抜け、ソリスはようやく洞窟の最奥部らしき場所まで行き着いた。
そこは半円型の空間でやや広く、天井も少し高い。
そしてそこは円筒形の石柱や、石のアーチ、石壁によって固められており、それらはそれぞれ彫刻による装飾が施されている。
「ここは…部屋かしら?」
ソリスは息を呑む。
部屋は見た感じでは、重々しく宗教的な雰囲気を醸すように造られている。洞窟自体の構造を俯瞰すると、ここはどうも墓室か霊廟のようなもののようだ。
彼女は辺りを調べた。
すると、部屋の中央の奥に石の棺のようなものが二つ並んで安置されており、二つの石棺の頭部側の中心のやや上の方に、一つの青く光る石が置かれていた。
ソリスはつぶやく。
「これは、…石だわ」
「光ってる…青い色に」
「これは、…オーガーストーンなの?」
「オーガーストーンよ、本当にあったんだわ! 」
その青く光る石は人間の握り拳くらいの大きさで、石の台の上に、固定されて置かれていた。
ソリスは喜びにふるえ、思わず石を手に取ろうとしたが、大長老の忠告を思い出し、思いとどまった。
オーガーストーンを持っていくときは、必ず石の番人の許可を得てからでなければならない…
ソリスは部屋を見回し、番人の姿を探した。
番人の姿は見当たらない。
彼女は部屋の外へ出て、周辺の道を歩き探ったが、番人を見つけることができなかった。
そのうちにソリスは疲れが出てきたので、部屋の入口に座ってうずくまり、休みを取った。
束の間のまどろみの中、彼女はぽろっと、誰にとも無く語りかけるかのように、一人言を寝言のようにつぶやいた。
「わたし、どうしても新しい名前がほしいの…友達を守るためだけじゃないわ…」
「ソリスって名前は、私の母さんの名前……お母さんは、私を愛するあまり私に自分と同じ名前をつけた…」
「ひどいと思わない? 親と同じ名前を付けるって…母さんの気持ちも分かるけど……だから私、名付けの儀式で改名したかったの…新しい名前、まだ決めてないけど…」
11. 老いたる鬼神
「そりゃ、ひどいな!」
突然、ソリスの心に直接語りかけるように、何者かの声が室内に響いた。
それは年老いた男性の声だった。
ソリスは口から心臓がとび出すほどぶったまげ、驚きと恐怖で逃げるように床を這い、そのまま洞窟から逃げ出そうと墓室の外の道へとび出た。
するとそのとき青い石がひときわ明るく光り、その明かりが墓室の壁を照らし出した。明るくなった壁に、人のようで怪物のような形の影が浮かび上がってきた。
ソリスが振り返ると、そのシルエットが話しかけてきた。
「心配しなくとも良いよ、お嬢さん」
老翁のようなその声は、優しく穏やかだが、力強くもあった。
「あなたは…?」
「わしはガーグ。オルガ族の者じゃ。オーガーストーンを守るために死後もなおこの地において勤めを果たしておるのじゃ」
「では、あなたがオーガーストーンの番人の、鬼の霊なのですか?」
「むぅ、そうじゃな。そうと言える。そしてわしは実は、大昔のある都市の長であった。オーガーストーンはその都市の秘宝なのじゃ」
「あなたが…都市の長?」
「まあ、小さなクニの長ではあった」
ガーグは頷いて話す。
「生前、わしは大昔の世に小さいながらも栄えた、オルガ族の都市国家の長の者として仕事をしていた。将来の民たちのために役立つように、とな。オーガーストーンのおかげで国が成り立っていたので、わしはこの秘石を大切にして守ってきた。オーガーストーンとわしたち族長夫婦は常に共にあった。わしらがオーガーストーンを離れることは決してなかった。そして人生の終わりに、わしは妻と二人で棺を並べてこの地のこの場所に眠った。オーガーストーンと共にな」
「そうだったんですか…では、オーガーストーンは、ずっと、この場所に…」
ソリスは落ち着きを取り戻して、オーガーストーンが映し出す幻燈のなかの人影である老翁ガーグとの会話を続ける。
「そうじゃの。この秘石は、ずっとここにあった」
ガーグは頷いた。
「そして、わしは死霊となった後もなお、この石の番をしておると言うわけじゃ」
ガーグが尋ねた。
「ときにお嬢さん、ソリスと言うたな。この場所にいったい何用かの?」
ソリスはやや青ざめながら、老翁を怒らせまいと慎重に言葉を選びつつ、事情を説明した。
「そうか…それは大変じゃな」
予約なしにやって来た見知らぬ子どもの訪問者が願い出た無理難題、つまり主人にとっての宝物で決して動かすことのできない石を持ち出させてほしい、というソリスの要求を知った後もガーグは意外にも、柔和な態度を崩さなかった。
「お嬢さん、石が欲しいのは分かるが、この石は決してこの場所から移せない。そういう事情があるんじゃ」
「それは、…なぜですか?」
「この石は、じつはこの土地の位置を示す目印となる基準点の役割を果たしておる。この場所に固定された、この光る石を基準に我々オルガ族は測量をし、都市開発をし、そうして都市国家を造ったのじゃ。じゃからこの石、オーガーストーンは都市の土地の位置関係を定める標識として、今も記念にこの場所に遺してある。たとえ我が都市国家が滅んだ後、地の底に埋まってしまったとしてもな。わしの大切なクニの思い出じゃからの」
「…そうだったんですか。そんなに大切な石だったんですね」
ソリスは感心した。そしてガーグを思いやるあまり、つい口にした。
「私、やっぱり諦めます。オーガーストーンがあなたにとってそんなに大切な宝物だったのなら、私にはそれを奪う権利はないわ。誰でも、大切にしているものはあります。私にも宝物の守り木があるけど、それだって私は誰にも取られたくない。木だって石だって、みな同じ。大切なものは人それぞれ。なのに、私ったらあなたの宝を取ろうと躍起になってたの。いままで気が利かなかったわ。ごめんなさい」
「わっはっは。いいんじゃよ、ソリス殿。お前さんには、代わりにオーガーストーンのスペアとなっている石を授けよう。これも青き秘石じゃ。フォロスの大長老にこれを渡すと良い。彼はきっと納得して受け取る筈じゃ。そしてお前さんは一人前のフォロスと認められるじゃろう。これを持っていって、新しい名前と、木の守護権を得なさい」
そういってガーグは、もう一つあったオーガーストーンをソリスに渡してくれた。
青く光る石を手の中にして、ソリスは喜びにつつまれた気持ちになった。
「ありがとうございます、ガーグさん!」
その後、少しの間ガーグと言葉を交わした後、ソリスはその鬼の霊に別れの挨拶をして、洞窟を出た。