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小説『ヴァルキーザ』 31章(2)
時の城の2階へ上がると、通路全体から何か熱を感じる。
ここは、とても熱い。
廊下の所々から、魔法の火柱が立っている。
火傷を負わないように気をつけながら、グラファーンたちは通路を先に進んだ。
ガイエン卿がくれた城の図面の情報を活かして、皆は、最短に近いルートでゼーレスの城内を行くことができた。
しばらく歩き、側壁に小部屋への入口を見つけ、入っていく。
するとなんと、部屋の中央に寝台のようなものがあり、そこに人間の半分ほどの背の高さのフォノンが水平に寝かされ、紐で両手両足を縛られて動けないように固定されていた。
どうやら妖精のようだ。
妖精は女性で、気を失っている。
グラファーンたちは縄を解いて、寝台から妖精を離し、介抱した。
妖精はかなり疲れていたが、意識を取り戻した。
「ありがとう、私の名はイムルシフ…」
イムルシフは、イリスタリア王国の建国に携わった妖精で、ガイエン卿やセルティースらと共に、悪魔化した城主エルサンドラから時の城ゼーレスを奪回するために城に乗り込んでいた者だ。
「イムルシフ!」
ゼラが驚いて、彼女に話しかける。
「安心して、私たちはイリスタリアから来たの。自由の宝冠を取り返しに」
「…そうだったの、よかった…。私、長いことここで魔法をかけられ、時間を止められて、何があったか覚えてないの。でも、宝冠は、エルサンドラが持っているはずよ」
「分かりました、有難う、イムルシフ」
アム=ガルンは礼を述べ、質問した。
「エルサンドラをどう攻めればよいか、教えてくれませんか」
「私にも分からないの。彼には弱点らしいものがないから…でも、『時の法典』は使えるかもしれないわ」
イムルシフはか細い声で答えた。
「時の法典とは、『イニシャル・オーダー』(最初の文明)から引き継がれた魔法の聖典で、時間についての奥義を記したものよ。
時の城ゼーレスは本来、その聖典を守り、保管するために作られたものなの。
古王国時代以来、ゼーレスはウルス・バーンの時間の秩序を司ってきたわ。
そしてエルサンドラはこのゼーレスの管理者で、それだけでなく古王国の成立に関わった5人の賢者のうちの一人でもあった…。
けれど、あるときエルサンドラは、彼を狙って城に侵入してきた暴漢のジェルミという男により暗殺されかけた。
エルサンドラは防御のためとっさに、ある特殊魔法を使って暴漢を斥けたのだけど、その副作用で彼は記憶を失い、悪魔的な存在と化してしまったの。
そして彼は、ゼーレスの動力炉『ターミナル・ジェネレーター』を改造し、時間の秩序に干渉して、ゼーレスを通じてウルス・バーンを支配しようとした。
ウルス・バーン大陸を覆い、人々に歪んだ時間の秩序を押しつけ、人々の間に不和と隷属の感覚をもたらしている『魔の雲』は、このゼーレスの改変された動力炉が発している猛毒の瘴気よ。
エルサンドラはこれによって、この大陸の時間を支配した。
だから、誰も彼を超えることはできないかも…。
それでも、悪魔エルサンドラを超えて、すべての過ちを正す力を持っているものがあるとしたら…。それはたぶん、この城の"本尊"であるその秘宝『時の法典』以外には無いと思うわ」
「なるほど…」
スターリスが唸った。
そのとき、ゼーレス全体が小さく振動し始め、冒険者たち一団のごく近くの通路の壁が崩れた。
何かが起こりつつあり、もう時間の猶予は無い様だ。
グラファーンが急いでイムルシフに訊いた。
「アンは、アンはどこにいるんだ!」
「アンは、この奥で『時の法典』と一緒に、生きたまま封印されているわ」
イムルシフはグラファーンに訴えた。
「お願い! アンを助けてあげて!」
グラファーンは頷き、イムルシフに城の外へ脱出するように促した。
そのとき、エスタルカームの天空人たちや、ウルス・バーンの市民たちがグラファーンのいる所へやって来た。
ゼーレスに進攻したユニオン・シップへの援軍だった。
彼らは大きな隊を成している。
グラファーンたちはイムルシフをエスタスの隊に託し、さらに先へ進んだ。
やがてユニオン・シップは、城の2階の中央部分に行き着く。
そこは大きな部屋になっていた。
ゼーレスの中央管制室だ。
先に1階でモンスターに関する配備の指示の放送があったが、それはこの部屋から発せられたものだ。
グラファーンたちがその中央管制室に入る前に、すでに部屋は他のエスタスの隊によって制圧されていた。
中にいたゼーレスのエルサンドラ配下の管制員たちは皆、倒されていたり捕縛されていた。
ユニオン・シップは、さらに通路を先へ進んでいった。