『プロジェクトμ』抜書a(1章より)
「あっ。あわてなくても大丈夫みたいよ。サイコメーターがフォローしてくれてるわ」
僕がコンパスに視線を戻すと、ディスプレイに『航行軌道再設定』という表示が出ていた。
そして『軌道計算終了』の表示とともに、再び画面上に航路があらわれた。
僕はほっとして、今度は低速で、慎重にコンパスを見守りながら、飛んでいった。
「見て、ヴィクトル」
やがてファウが声を上げた。
「 どうしたの?」
「エンブリオンが卵割を始めたわ」
「 あ、本当だ」
僕は目を瞠って、ファウと一緒に、細胞分裂するエンブリオンを眺めた。
エンブリオンは、やがて16細胞期に入った。
内層を形成する大割球と表層を形成する小割球からなる16の割球に囲まれた中心部に卵黄の部分ができ、卵の細胞質内で胞胚層が形成されている。植物極と動物極を結ぶ卵軸が紡錘体の主軸に対して傾きをもつため、このままゆくと、エンブリオンの割球は渦巻き状に分裂する、らせん分割をしてゆくはずだ。
しばらく飛行すると、僕たちは大陸にさしかかり、やがてナスカの地上絵の上を通過した。その景色を愉快そうに眺めつつ先を行くと、コンパスのディスプレイ上に、
─── 1st stage ───
という文字が現れ、マイルストーン(里程標)の位置を示す光点を表示した。
それで僕は、自分がようやく、目指す目的地にたどり着いたことを知った。
眼下にはたくさんの山々と、それを覆う一面の森が広がっていた。
空は晴れ渡り、空気は澄み切っていて、しかも木々の緑は鮮やかで、とても気持ちのよい景色だった。
この計画を引き受けて、本当によかった。
僕は、これから先にどんな冒険が待ち受けているのだろう、と期待に胸をふくらませた。
やがてマイルストーンが間近になると、僕は高度を下げ、アンデスの緑のじゅうたんを眺めながら、着地するのによさそうな場所を探した。
(1997)