『プロジェクトμ』抜書b(4章より)
「ところでヴィクトル、君はアボリジニーたちのことを知っているかい?」
と、今度はジェスターが僕に尋ねた。
「いや、あまりよくは知らないんだ。そういえば、向こうのエアーズ・ロックの辺りは、たしか、アボリジニーの聖地だったんじゃないか」
「そうなんだ」
ジェスターはうなずいた。
「アボリジナルはね、一番初めは英雄的な先祖たちが地上をさまよい歩き、そこに意味を与えていったと信じているんだ。これは『夢の時代』またはチュクルパって呼ばれてる。彼らの先祖のなかには人間もいたけど、それはまた、動物や植物、太陽、風、雨でもあった。この先祖たちがあちこちを、ある確かな道筋に沿って移動したんだけど、それは大地と人間をつなぐ大切な道でもあったんだ。アボリジニーの描いた洞窟壁画には、夢の時代の先祖や、その冒険が描かれているんだよ」
「それってまさか・・・」
僕は目をみはった。
「そうさ、今、君が話してくれた『先駆者』のことと、どこか似てるじゃないか」
「ジェスター、そのアボリジニーのこと、もっと話してくれないかい?」
「うん。アボリジニーたちの間ではね、『夢の時代』の物語は、地面に絵を描きながら語られることが多かったんだ。エアーズ・ロックにも彼らの絵が残っているよ。岩肌には、人、植物、エミューの足跡といった図柄のものや、かなり変わった雰囲気を伝えるような絵が描かれている。岩面に描かれたアボリジニの絵は、この辺りに住むアルリジャ族の伝説を表しているそうだ。残念だけど、ほとんどのイメージはよそ者には読み解くことはできないらしいんだけどね。でも、アボリジニーたちは、今日のオーストラリアでも、祭りのときには、祖先の時代を再現する、特別な踊りを踊るんだよ」
「ふうん。じゃあ、先住民たちは大昔のμ計画のことも記憶してたってこと?」
と、レイラ。
「そうかもしれないな・・・」
ジェスターが答えた。
そしてふと、皆が沈黙に打ち沈む。
「ねえ、みんな見て。星がとても綺麗よ」
やがて、おもむろにファウが言った。
「おお・・・」
ファウの言葉に誘われて、僕たちが空を見上げると、そこには、透きとおるような夜の南天の星空に、地平線から地平線まで弧を描きながら、空に帯をなして広がるミルキーウェイの白い輝きの流れや、まばゆいばかりに輝く南十字星、南半球でしか見られないような素敵な星々の光の織りなす、きらびやかな光景が拡がっていた。
「きれい・・・」
レイラが感嘆する。
「このエアーズ・ロックの周辺は、晴天率が高くて、オーストラリアでも有数の天体観測地なんだ」
ジェスターが言う。
美しい銀河のファンタジーを眺めながら、みんなは、星のこと、星座の伝説のこと、星についての思い出話を語りあった。